茶一郎

億万長者の茶一郎のレビュー・感想・評価

億万長者(1954年製作の映画)
4.1
 今作は、戦後日本の新名所の紹介から始まる。一つ目の日本新名所「数奇屋橋」では、日本の平和を守るためには他国からの攻撃の抑止力として「原爆」、「水爆」が必要だと演説をする女性が。二つ目の日本新名所「小菅刑務所」、ここでは悪徳政治家が刑務所に入ってなお、自身の世間における偉大さを語っている。三つ目「赤坂料亭」は、脱税のための金持ちによる接待の温床。あの悪徳政治家もよく利用しているという素晴らしい名所だ。
  主人公は税務署のヒラ職員、彼に日本新名所にいた奇妙な人物が絡みに絡み合う群像コメディとして、今作『億万長者』は「汚職」、「脱税」、「水原爆問題」などを切っては笑い、切っては笑いを繰り返していく。
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 冒頭の皮肉マシマシなハイスピードな新日本名所紹介から始まる今作『億万長者』は、市川崑監督・脚本家和田夏十コンビによる「風刺喜劇三部作」の二作目。この三部作には、常に世間に流される男性を観察対象として世間の「おかしさ」を暴くという試みがあるが、まさに劇中の「神」らしき人物の「(絶対に合うはずの)時計が狂っている、果たしてこれは時計が狂っているのか、それとも世間、大衆が狂っているのか一緒に考えてみよう」というナレーションにそのような作り手たちの意図が詰まっていた。

 やはり、特筆すべきは「数奇屋橋」で演説をしていたあの女性が、本当に「原爆」を自分で作ってしまうというエピソード。ここには、米ソ冷戦下における水爆実験など公開当時の核問題が反映、もしかしたら市川崑監督のお母様、お姉さまの被爆体験が鮮烈に反映されているかもしれない。今作の翌年公開の黒澤明監督による同じ「原水爆」に切り込んだ『生きものの記録』とは語り口の重さが違いすぎているが、突きつける結果の重さは同じである。笑うに笑えないブラックすぎる笑い。
 庶民の生活は貧しいままなのに、どんどんと肥えていく政治家、企業家。何より、劇中で最も『億万長者』なのは税務署の職員だというこの状況こそ、笑いながらも「狂っている」と言わざるを得ない。
茶一郎

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