針

極北の怪異/極北のナヌークの針のレビュー・感想・評価

3.5
“ドキュメンタリー・フィルムの父”、ロバート・フラハティによる最初期のドキュメンタリー(記録)映画の名作。1922年にアメリカで製作された白黒サイレント映画です。自分はまぁ映画史のベンキョーのつもりで観てみました。

カナダ北部に暮らすナヌークという男性イヌイットの一家の生活を追った作品です。犬ゾリに乗って家族ごとあちこち移動しながら、さまざまな野生動物を狩る姿がカメラに収められています。最初はかなり眠かったですがだんだん面白くなり、氷を切り出して家(イグルー)を作るシーンや銛を使って氷の下のアザラシを狩るシーンなど、面白いところもけっこうありました。何よりイヌイットの生活の細かいディティールがそのまま写し撮られている感じがいいなと。
あとは一応“飼い犬”ではあるけど野性剥き出しの凶暴な顔をしている犬ゾリ用の犬たちがよかったです。近代的なペット概念とは全然違う付き合い方をしているというのを文章では読んだことあったけど、映像として見るのは初めてでした。



……というのが映画そのものの感想。以下は作品の成り立ちに関して。
フラハティがこの映像を撮ったときにはまだ“ドキュメンタリー”という概念そのものが確立されておらず、それどころかジョン・グリアソンという映画監督が『極北のナヌーク』を説明するための言葉として考案したのが“ドキュメンタリー”という用語だったそうです。
それもあってこの映画に映っているのは今で言うところの本当の出来事ではなく、すべて演出された映像です。作中のイヌイットの家族はほんとの家族ではないし、主人公の男性もナヌークという名前ではありません。しかも彼らはすでに銃を使って狩りをしていましたが、原始的な生活を再現するためにこの映画ではあえて銛などを使ったそうです。
なので今の考え方で言えばこの映画は全編“やらせ”なのですが、それとは別に作中のさまざまなアクションにはけっこうリアルさと迫真性があるのもまた確かだなーと。実際、公開当時にはもの珍しさと迫力によって世界中で大ヒットした映画なんだそうです。

いわゆる「ドキュメンタリー」とか「本当の映像」みたいな概念も、時代とともに確立されていった枠組みのひとつに過ぎないんだなーということを思ったりもしました。
(Blu-rayに同封の金子遊氏によるリーフレットもよかったですし、この映画をエキゾチズムと見せ物性という観点からまとめた柳下毅一郎氏の解説〔『興行師たちの映画史』〕も面白かったです。)
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