アルフレッドおじさん

ウィッカーマンのアルフレッドおじさんのレビュー・感想・評価

ウィッカーマン(1973年製作の映画)
3.0
AmazonPrimeで視聴。
ミッドサマーに影響を与えた作品として視聴してみたいと思った。

・この物語を一言でいうと…
 行方不明の少女を捜索の為、とある島を訪れた信心深い警官が、島の祭事に巻き込まれ苦悩する話

・主人公は何を手に入れるか
 事件の真相を知る

・他の似たような作品と何が違うのか?
 美しい自然、美しい歌声と踊り、それら土着の信仰を扱うことで逆説的にキリスト教を言及すること

・感想
 ミッドサマーがどれだけウィッカーマンの影響下にあるのかは理解できた。ウィッカーマンとミッドサマーを比較し、相違点と誇張された点を理解することがミッドサマー製作の「意図」を理解するのに役立つと思った。ミッドサマーは、ウィッカーマンよりも、ゴア表現による肉体性の誇張、ドラッグ表現による現実や精神の脆弱性の誇張、大自然の美しさの誇張、そして膨大な設定の付与、設定の中で繰り返し示唆される主人公たちの未来は運命論の誇張とも言える。一方で、信仰に対する言及は後退していてほとんど見えない。
 これらを考えると、ウィッカーマンは「信仰」のお話であり、ミッドサマーは「人の内面」「運命(諦念)」のお話であると言えるかも知れない。なので建付けが非常に似ているが、言わんとせんことは似ていないのだな、と思った。これは現代と40年前の宗教観の意識の違いかも知れない。
 ウィッカーマンの感想というよりミッドサマーの話になってしまったが、この映画をより深く理解するには時代背景や世相を考える必要がありそうだと思った。故に、今の僕には土着信仰って国境を問わず、何でこんなに卑猥なものとして描かれることが多いんだろう、というくらいの薄い感想しか持てないでおります。

 全然関係ないのだが、「主人公は何を手に入れるか」に解釈を書くべきか、客観的事実を書くべきかは迷うなと思った。解釈で言えば、主人公は、死に直面しても変わることのない「揺るがない信心」を手に入れ、偉大な愚か者として役割を全うすることを手に入れる、だと思う。しかし、これは自分の解釈でしかない。主人公の「喪失からの回復」を客観的に記せば、主人公は事件の真相がわからない状態で島に降り立ち、事件の真相を知ったということではなかろうか。