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少年と自転車のakrutmのレビュー・感想・評価

少年と自転車(2011年製作の映画)
4.2
父親から見放されて児童養護施設で暮らしている少年が、彼の里親として週末を一緒に過ごすようになる女性との交流を通じて、将来へのかすかな希望を見出していく様子を描いた、ダルデンヌ兄弟監督によるドラマ映画。ダルデンヌ兄弟が『息子のまなざし』のプロモーションのために来日した際のシンポジウムで聞いた、帰って来ない親を施設で待ち続ける子どもの話に着想を得て、本映画が製作されている。

社会における弱者をテーマに、弱者の視点からこの世の中の生きづらさを現実味あふれる脚本・演出で描くという、ダルデンヌ作品の真髄は、本作でも健在である。大人から見ればどう考えても父親に育児放棄されたにも関わらず、ただ一人の肉親に執着する少年の悲哀が、映画全体(前半はこれが中心であるが、里親の女性との交流によってある程度満たされたようにみえる後半でも、父親に執着する行動が見られる)を通じて、印象的に描かれている。

その一方で、ダルデンヌ兄弟の他の作品に比べて、現実感をそれほど追求せずに、リアリティさを抑えたフィクションらしいフィクション映画として、本作品を仕上げているのも特徴的である。その最たる点が、少年の里親になる女性・サマンサの人物造型である。彼女は本当に赤の他人であり、養護施設の先生から逃げるために少年がたまたま飛び込んだ診療所にいただけである。そのような女性が、少年に頼まれたからといって、見知らぬ少年を継続的に面倒を見るということなど、現実的にはあり得ない。また、女性がなぜ少年の面倒を見るかという理由も説明も一切ない。唯一、少年が理由を尋ねるシーンがあるが、サマンサは「わからない」としか答えない。また、近所の不良に誘われて悪事に手を染めるというプロットも、どこか取ってつけたような感じである。しかし、ダルデンヌ兄弟はこれを意図的に行う(fairy taleを意識して作ったそうである)ことで、現実味を追求するというスタイル一辺倒ではない、明らかなフィクション性を持ったフィクションを通じて現実問題を効果的に描くという新しいスタイルを模索した作品と言え、それが有効であることを本作品を通じて示しているのである。

そしてなんと言っても、本映画で素晴らしい演技を見せているのが、里親の女性・サマンサを演じたセシル・ドゥ・フランス。彼女がダルデンヌ作品に出演するのは本作が初めて(かつ現在までに本作だけだと思う)であるが、ベルギーの有名な女優であり、個人的には『スパニッシュ・アパートメント』3部作の演技でとても気にいっている。本作でも、厳しさを持ち合わせながらも(監督も彼女も優しい人という感じを出さないようにしたそうである)、天使のような無償の愛情を注ぐ女性を、とても印象的に演じている。彼女のこの演技がなければ、本作は成立しなかったであろう。また、ダルデンヌ作品で常連のベルギーの俳優たち、ジェレミー・レニエやオリヴィエ・グルメなども脇役として華を添えている。
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