「自分のことは、自分でするんだ」
出来るだけ早く嫁に行かせるのが娘のためだろう。そう考えて準備を始めたけれど、途端に寂しさが胸に迫る。バスト・ショットと、マイナー調のストリングス。父と娘、交差する思い。
戦後の小津調を決定づけた『晩春』の変奏。
ローアングルで1階のみを撮っていたカメラが終盤、初めて階段を昇り2階の父娘の会話を映す。娘は言葉少なく振り向かず、後ろ髪を撫でるだけ。
このタメが、結婚式の朝に振り向くアクションに爆発的エモーションを生む。観客の誰ひとり、決して忘れることが出来ないだろう岩下志麻の美しさ。
「今日はどちらから?お葬式ですか?」
「まぁ、そんなモンだよ」
涙と軍歌の哀切。
秋刀魚の味は旬の季節は脂がのって美味いが、同時にほろ苦くもある。旬が過ぎれば、苦さは増す。
脚本準備中に最愛の母親を亡くし、翌年小津自らも癌で亡くなったため遺作となった『秋刀魚の味』は穏やかなユーモアのなかに老いの孤独が色濃く刻まれている。