針

カイロの紫のバラの針のレビュー・感想・評価

カイロの紫のバラ(1985年製作の映画)
4.1
初ウディ・アレンなので代表作らしきものを観てみましたがよかったです。
主人公は何もかもうまく行かない田舎暮らしの若い女性。彼女が観ていた映画の中から男性俳優が飛び出してきてロマンチックな恋愛譚が始まるというコメディです。

冒頭からしていい感じ。ウェイトレスの仕事は向いてないしやりがいもない。旦那は職探しもせず彼女の稼ぎに頼って遊んでばかりいる。そんな主人公のささやかな慰めは街の映画館(今でいうミニシアター的な佇まい)で観る映画だけという、生活の不充足事情をスピーディーかつ的確に描いていく過程が気持ちいい。

物語は映画俳優がスクリーンを抜け出してからが本番で、そこからのドタバタがけっこう楽しかった。舞台演劇で客とキャストが喧嘩するっつうのはありうるけど、映画のキャストと観客が画面ごしに罵り合うギャグは新鮮でした。
劇中そのままのすばらしい性格をしている俳優と出会って主人公はたちまち恋に落ちるんだけど、後半は別のファクターが登場してきてますます混乱が加速するって感じ。

個人的にはもろもろの理由から行き場所のなくなった主人公が映画館で何度も何度も同じ映画を見続けるシーンがよかった。この映画の舞台は30年代で、街の映画館では常時1作しかフィルム上映してなくて、そのへんの映画にまつわるノスタルジーな描写もなんともはや。

テーマ的には映画のもたらす「夢」について直球で取り組んだ作品で、おおむねあらすじから想像される通りでそこまで驚きはないんだけど、この映画のリアリティとの折り合いのつけ方にはかなりグッと来ました。詳しくはコメントに。

あと最近よく思うのですが、ひとくちに「映画」と言っても人それぞれやっぱり指してるものがちょっと違うよなーと。この作品に描かれてる映画像というのは、純粋に夢を売る商品であったころの全盛期のアメリカ映画に対する憧れと郷愁な気がします。作品全体のトーンもそういう昔ながらの「軽い」喜劇映画を模してる感じがするし。ウディ・アレンに限らないけど、特に30~50年代生まれの映画好きな人の文章とか読んでると、この人の抱いてる映画像と自分の持ってるそれとは実は内容が違うんだろうなと思うことがよくあります。もっともそれが悲しいかっつうとむしろ面白かったりするんですが。
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