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風前の灯のakrutmのレビュー・感想・評価

風前の灯(1957年製作の映画)
4.2
強欲な老婆と、老婆の財産を密かに狙う義理の息子夫婦、それに下宿人が住んでいるある一軒家の一日の様子を描いた、木下惠介監督のコメディ映画。他の木下作品とは異なり、恋愛とか社会派ドラマという要素は全くなく、『カルメン故郷に帰る』などの喜劇とも異なる、なかなか味わい深いコメディ映画であり、個人的にはかなり気に入っている。

背景音楽・音響を全く用いていない映像は無声映画の雰囲気を漂わせていて、俳優たちも無声映画であることを意識して演じているかのように見える。もちろんセリフはあるけれど、セリフだけで笑わせようとしているわけではない。全体的にどこかのんびりとした展開も、テンポ良いスラップスティック・コメディと一線を画している。さらに、老婆の財産を狙って強盗に入ろうとしているチンピラ(愚連隊)3人の視点として、郊外にポツンと建っている一軒家を外から眺めている映像と、その一軒家の住人や関係者が繰り広げる言動を一軒家の中で映し出す映像を交互に繰り返すことで、あたかも一軒家の中を舞台として俳優たちが演技をしているような印象を与えていて、それがますますコメディであることを引き立てている。

基本的に本映画に出てくる人々はすべて強欲であり、そのような人達が繰り広げる軽快なコメディが本映画のキモである。俳優たちのコミカルな演技もなかなか良くて、特に、老婆役の田村秋子とその嫁役の高峰秀子が素晴らしい。まあ、高峰秀子はさすがの一言である。また、高峰秀子の妹役である、『カルメン故郷に帰る』で同僚のストリッパーを演じた小林トシ子と、『喜びも悲しみも幾歳月』で佐田啓二と高峰秀子の娘役でデビューした有沢正子も印象に残った。

さらに、老婆がどの映画を観に行こうかと考えるシーンで、新聞の上映作品欄に『楢山節考』が掲載されていたり、有沢正子を含む若者たちが『喜びも悲しみも幾歳月』の主題歌を口ずさみながら出かけていくなど、木下監督の自作に関するネタがこそっと挿入されている点も注目である。
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