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バッファロー’66のSHIMABOOのレビュー・感想・評価

バッファロー’66(1998年製作の映画)
4.0
 押井守曰く、男性監督が自作で青年を主役にするとキケンなのだそうな。つまり否応なく自分の中のある部分——理想化された自分を描くことに直結する可能性が高く、だから極めてキケンな香りがするのだと。

(参考)幻冬舎文庫「世界の半分を怒らせる」所収
    第23回「ぜろ」(宮崎駿監督『風立ちぬ』公開)

 翻ってこちらの『バッファロー’66』はどうだろうか。一応ヴィンセント・ギャロの自伝的小説の体裁を取ってはいるものの、ナチュラルにああいう人なのではなくて、実はかなりキャラクター造形を計算して作っている気がする。たとえば序盤の実家で茶番劇を演じるシーン。明らかに崩壊気味の家族のようすから彼の人生が一通り見渡せてしまい、その哀れさになんだか萌えちゃって…というクリスティーナ・リッチ側の心境もなんとなく分かるようになってる(多分)。

 これも推測でしかないけど、自身の人生を引用したのは単に物語のリアリティを担保するためのものでしかなく、その眼目はむしろオリジナルな映画のスタイルを表現することにあったのではないかと、そんな気がしてならない。さっきも言った実家での、4人がけテーブルの切り返しショットや回想シーンなど、センスの良さが随所で光っている。そしてあの、これ見よがしにニューシネマ的エンディングを無視したラスト!これはもう確信犯としか言いようがない。コレがやりたかったに違いない、きっと。こういうのも逆に清々しくって良いと思う。
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