ぬ

マルコムXのぬのレビュー・感想・評価

マルコムX(1992年製作の映画)
4.2
(映画内容に触れる部分があるので、ちょっとネタバレかも)

全編ちゃんと集中して観るために、2日に分けて鑑賞。
長いけど長いだけの意味があるというか、マルコムXの考え方や、取り巻く環境が移り変わっていくのを描くのには、たしかにこれだけの時間が必要だったと思う。
マルコムの妻ベティがめちゃくちゃ立派な人で、ベティがいなかったらマルコム駄目になってたんじゃないかな。
スパイク・リーの映画はやはり音楽がいい、もちろん画もよいですし、デンゼル・ワシントンが本人にしか思えない。
監督の『BlacKkKlansman』や『Get on the Bus』など、この映画を観てからのほうがより理解深まると思う。

マルコムXの人柄のすごさって、「すべての人に平等、自由、愛を」というような目標や、奪われ続けてきた人権を黒人に取り戻させるという軸はブレないが、それ以外はとても柔軟で、他人の意見を聴く耳を持って、というより自ら足を運んで話を聴きに行き、指摘されたり批判された部分はちゃんと省みて、今よりもっとよいと思った考え方があれば、自分のマインドを変化させていくという強さだと思った。
「流される」のとはまったく違う、しなやかに柔軟な強さがカッコイイ。

カリスマ扱いされ、人から憧れられる存在になればなるほど、そういうふうに自分のマインドをしっかり保つことが難しくなることは、この映画に出てくる誰かさんを見ていてもわかるもの。
最初からなのか、おだてられて名誉や金や誘惑に囲まれるうちにそうなっていってしまうのか、手段と目的がごちゃごちゃになっておかしくなっている人ってたくさんいるもんな。
マルコムを裏切った人は、その点すごく弱い人間だったんだと思う。
その弱さや、弱さゆえの行為は、成し遂げた大義で相殺されるようなもんではないだろうよ…

マルコムが出所後加入した「ネイション・オブ・イスラム(NOI)」は、モハメド・アリも入っていた組織で、アリがムスリムの教えからベトナム戦争への徴兵を拒否した(そのせいでタイトルを奪われ、試合のチャンスも奪われた…)というので知っていた。
(そもそも生来の名前「カシアス・クレイ」から「モハメド・アリ」という名前を名乗るようになったのも、NOIへの入信がきっかけ。さらに、アリも最終的に伝統的なイスラム教に改宗した。)
このNOIという組織は、イスラム教というよりも、イスラム教から派生した、アメリカにおけるアフロ・アメリカン(マルコムの言葉を借りてそう表現してみます)による新興宗教、新興宗教の形を借りた黒人解放運動、という位置づけのようで、昔ながらのイスラム教の人たちの中には、NOIをイスラム教として認めないと考えている人もたくさんいるようだ。

NOIの教義の中には黒人至上主義的な思想もあり、白人を悪魔呼ばわりすることなどもあったため、マルコムXは非暴力のキング牧師と対比されることが多いが、実際にマルコムXは暴力沙汰を起こしたり暴力を煽ったりしたことはないんだよね…
ブラックムスリムについて興味を抱いた。

マルコムXの"X"というのは"未知である"という意味で、「奴隷主の姓を強制的に名乗らされ、自分のもともとの姓を知ることすらできない」アメリカの黒人たちの状況を表しているというのも、そのXという一文字に込められたメッセージ性がすごくて、ネーミングセンスがありすぎる。(と同時に、由来について知ると、あらためて奴隷制度なんて心底ろくでもねぇよなと…)
自分の先祖がどんなところで、どんな姓で、どんな人と、どんな文化の中でどんなふうに暮らしていたのかを知りたくとも、虐げられた人々が記録を残し、それを消されないように守るのも難しいだろうし、ただ紛れもなくわかることは、高確率で「ある日突然拉致されて奴隷にされ、それまでの暮らしと断絶され虐げられた」ということだろうから、ルーツを辿る過程で先祖の扱いを知るとなると痛みを伴うことも多いだろう。
本当に人権剥奪意外の何者でもないよ。
そんな状況でアイデンティティの確立をしていくのとか、とても難しそうですごく気になったし、『前提が違いすぎて、見えている世界が本当に根底から違うよな絶対に」と思った。
(余談になるが、おなじくスパイク・リー作品の『シーズ・ガッタ・ハヴ・イット』ドラマ版で、アメリカで生まれ育った黒人である主人公が自分のルーツとなった国のダンスや音楽といった文化を楽しむことで、自己理解を深める、先祖たちに思いを馳せて魂の繋がりを感じる…みたいなシーンがあった。)

正直、同意できなかったり理解しきれない部分とかもあったりしますが、拉致され奴隷にされ差別され、時代が進んでも進学や職業選択の自由などもろくにないような、そしてロールモデルを見つけるのも難しいような状態で、こういう考え方まで辿り着いていたというのがすごすぎるし、先陣切って行動して、迷ったり間違えたりしながらも自分たちのコミュニティをよりよくしてしこうと志し続けたことに脱帽…
マルコムXに対する、独り歩きしている「挑発的、好戦的、扇動的」なイメージや、この時代の男性指導者に対する漠然としたミソジニーな人ではなかったのかという不安などに対して、ちゃんと正しい知識やアンサーを得られたので観てよかったです。

にしたって、いくらたくさんの人を導いて勇気付けた偉大な人で、死ぬことすら厭わない指導者で英雄でも、残された亡くなってしまったら家族はつらいよ…という。
ぬ