岡田拓朗

空気人形の岡田拓朗のレビュー・感想・評価

空気人形(2009年製作の映画)
3.7
空気人形

心をもつことは、切ないことでした
空っぽな人形が「心」を持ってしまった。
嬉しくて切ない愛の物語。

是枝監督作品の中では珍しいファンタジックな設定の作品。
でもその中にしっかりとリアリティとメッセージが詰め込まれているのがよかった。

承認欲求を満たされない男(板尾創路)と暮らしていた空気人形(ラブドール)。
ある朝、急に心を持ってしまい、あらゆる感情に揺れ動きながら、心を持つことの意味、変容、人は何があれば人なのか、人の世界のリアリティが色んな視点から描かれている作品。

総じて切ない。
心を持つということは、承認欲求が芽生えること=自分を特別な存在として認めて欲しい気持ちが芽生えることと同義であり、空気人形とは基本代用品として使われることが多く、完全に理想と現実のギャップが生じてしまうのである。

心を持っている人って、あらゆるものや動物と違って、本当に生きるのがめんどくさいほど色んなことを考えて生きている。
でも、そこに美しさや愛おしさを感じられる瞬間があって、そこにもしっかりと焦点を置いているこの作品の世界観が好き。

リアリティの追求とその中にある希望、心を持って生きることのよさを少し見せることで、今作もしっかりと是枝監督らしさが出ている作品と言える。

心を持った空気人形を軸に物語は展開されるが、そこに様々な境遇の人たちとリンクさせて、心を持つことってどういうことなのか、の是枝監督なりの答えが導き出されているような感じがする。

人の中にも心がどこかに置き去りになり、自身の感情をそもそも表現できなくなっている人、心を持っているからこそ人と対峙したくなくなっている人が描かれていて、そこがより世知辛い日本社会のリアリティを表現しているように見えた。

心を持たないからこその価値と心を持っているからこその価値。
心を持たないものは代用品で心を持っている人は代用品じゃない。
そのような構図になっていると空気人形は思っていたが、人も代用品として扱われることがあるし、心を持たないからこそ代用品とならないこともあるのが現実。
そこをしっかりと表現しつつも、それを切なさや苦しさだけに落とし込まないこの世界観がやはりよい。

心を持つものであれば承認欲求は誰にでもあるもので、それなしで生きることは難しいけど、誰かから特別な存在として認められることでしか(承認欲求を満たされることでしか)、自分の存在意義や生きる上での充実感を確かめられないのは辛いから、何か生きる上で能動的な感情に浸れる瞬間は自分で作り出しながら生きていきたい。
そんな理解されなくてもいいから、それだけに浸っていたいと思える世界観や事物を。

心を持ってしまった空気人形の人生は確かに切ないように見えたけど、心を持つ人生ってそんなに悪くないかもって最後には思えたんじゃないかなという仮説。
少しの愛おしさと楽しさと美しさと嬉しさとを感じながら少し余韻に浸る。
総じて辛くてもそれで人生少し豊かになるよねっていう世界観。
観ていて何か心地よかった。

切なさって本当に色んな感情や思いが極まってできる感情で、どれだけ切なさを感じられる人生かって、一つの素敵な人生の形なんかなーなんて思った。

総じて切ないけども、それが総じて素敵で美しくもある世界観に繋がってる作品だった。
岡田拓朗

岡田拓朗