Nasagi

収容病棟のNasagiのネタバレレビュー・内容・結末

収容病棟(2013年製作の映画)
4.6

このレビューはネタバレを含みます

中国の雲南省にある精神病院に収容されている人たちを撮ったドキュメンタリー。
去年、『死霊魂』の予習でみて以来、2回目の鑑賞。ワン・ビン監督の作品でいまんとこ一番すき。

・はじめからカメラが内側に入っていて「越境」の瞬間を撮らないこと、
カメラの立ち位置がつねに収容者たちと同じサイドにあって「檻ごし」に撮らないこと。
→かれらをできるだけ「見世物」化しないための配慮。

・画面に映りこみつづけている鉄格子の存在が、やがて気にならなくなって「当たり前の風景」になる。そうかと思えば、ここが檻の中であることを再びつよく意識させられたりする。観客の認識を上手に誘導している。

・題材や手法がちかい想田和弘の『精神』との比較
→『精神』は監督と患者の人たちとの間に、わりと和気あいあいとした雰囲気があった。
それに対し本作では、たまに相手から監督(カメラマン)に話しかけてきても応えないなど、被写体にたいしてより冷たく突き放した態度を取っていると言える。
(想田氏自身は、日本と中国の人権感覚の違いが影響してると指摘していたが。)

ただそれは、2つの作品で病院の質がまったく違うからでもある。

・この病院は、すくなくとも「治す」ための施設ではない。
社会から「異常」とされた人間を、ただ隔離するための場所。
これは、病院が建っている雲南省が中国国内でもとくに貧しく、「周縁」に位置する地方であることとも関係している。
そもそも映画の最後に出てくるテロップをふまえれば、彼らのことを「患者」と呼べるのかどうかすら怪しい。なので単に「収容者」。
たとえ施設から解放されても、はたして彼らの居場所はあるのだろうか、私たちにこれを批判する資格があるのだろうか、ということが今作では問いかけられている。


・作品のテーマ
→人間は愛をもとめ、孤独をおそれる存在。
一方で、それはヤーパのように氏名不詳、すなわち身寄りのいない人間にとってはひじょうに辛い世界でもある。
最後に出てきたとき、隣人からベッドを追い出されたヤーパは怒っていた。愛を拒絶されたことに怒っていたのだ。
愛は万能ではない。
これをラストカットのひとつ手前に持ってくるあたり、ワン・ビンはやっぱりすごくセンスのある人なのだと思う。


――ここに長くいると、精神病に「なる」んだ。――
Nasagi

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