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セールスマンの死のアタフのレビュー・感想・評価

セールスマンの死(1985年製作の映画)
4.8
『セールスマンの死』
アーサー・ミラーの有名な戯曲を映画化した作品です。アスガー・ファルハディ監督の『セールスマン』でも引用されていましたし、そもそも有名な戯曲であるため『セールスマンの死』という話を理解すべく、原作又は舞台を見ようとしていたのですが、見る手立てがなかったのでこの映画版を鑑賞しました。

ですから、このレビューは原作や舞台を見ておらず、映画版しか見ていない人間の感想と言うことをご承知おきください。

舞台は、1950年代?のアメリカ。
セールスマンとして長年生きてきたウイリー・ローマン(ダスティン・ホフマン)は60代になり年齢による衰えで仕事が上手くいかず、定職に就かない二人の息子はウィリーの"大きすぎる期待"を裏切り続け彼を悩ませ続ける。

元が舞台であるが故、この映画の舞台も全てはセットの中で展開されるそのセットもあえてセットであるといったことが分かるような様相となっており、これは元の舞台の雰囲気を壊さないように配慮されたためであろう、そのため映画と舞台の中間のような印象を受ける。


父ウィリーの大きすぎる理想像と現実とのギャップはこの家族を地獄へと引きずり込む。ウィリー・ローマンという男は、アメリカ的な"偉大な父親"と"優秀で力強い息子達"という"夢"を見続け、それをいつまでもいつまでも引きずり続ける人間だ。
息子達が高校生の頃まではその"夢"を見続けることが出来ていた。偉大な父親である私に対して尊敬のまなざしを向ける息子達、過去の回想で描かれるこのシーンはいかにも幸せそうであるが、所詮、ウィリーの追憶でしかないのだ。現実ではそのような時代は当の昔に過ぎ去っており、彼は追憶の中でしか生きることが出来ない。
彼は加齢による認知の衰えも相まって、現実と理想に区別がついておらず、ダスティン・ホフマン演じるウィリーはもはや認知症患者のようにも見えてしまう。

また隣人のチャーリーとその息子のバーナードの存在もウィリーを苦しめる要因の一つだろう。かつては自慢の息子ビフと比較しガリ勉と見下していたバーナードが今では弁護士として成功を収め、その反面息子のビフは定職についていない。これらの現実は高いプライドを持ったウィリーの精神を崩壊させるには十分だったのだろう。

このウィリーをダスティン・ホフマンが演じているのだが、見事な老けメイクで一見すると彼がダスティン・ホフマンとは分からない。そして、彼の演技がこの映画の印象深くさせる要因であり、"立派で優秀な父親という理想に取りつかれた哀れな男"を見事に演じきってる。

息子達や妻に対しても話を最後まで聞かず自分の意見を押し付け、反対されると直ぐに声を荒げる姿。
辛い現実から逃れるため妄想に取りつかれる様。

これらのダスティン・ホフマンの演技が凄すぎて、本当にこのウィリーという哀れな男が存在しているような気さえしてくるほどです。

息子役の兄ビフを演じるのはジョン・マルコヴィッチ、『マルコヴィッチの穴』のマルコヴィッチだ、見ていたときは全く気付かなかったが…
また、弟のハッピーを演じるのはスティーヴン・ラング、あんたついこの前『アバター』『アバター/ウェイオブウォーター』で見たぞ!!この頃と比べると随分イカつくなったものだ。どちらもまだ有名になる前に出演しているようでなんだか新鮮。

本作のテーマは、アメリカ的な偉大な父親像であったり、競争社会で勝ち抜き裕福な暮らしをすることであったり、そういった"理想"追い求め続け、息子の内面を全く見ようとしなかったウィリーへの憐れみだろう。。。

この映画(ストーリー)がなぜここまで心に刺さるのか?それは1950年代のアメリカのみならず、現代の日本でも全く通用するテーマだからだと感じる。

私自身、この映画を見ている最中、心が締め付けられるような感覚を覚えてしまった。
それはビフが父親ウィリーの期待に応えることが出来ずに苦しんでいるように、私自身父親の期待に応えることが出来ぬまま大人になってしまった自覚があるからだ。
中学生、高校生の頃から私の父親は私に対していい大学を出ていい企業に就職することを望んでいたと思う、だから成績にはかなり口をはさんできたし、塾にも通わされていた。
もちろん、父親としては至極当然のことではあるが、その期待に対して私は全くと言っていいほど答えることが出来なかった。
成績は下から数えたほうが早く、テストは赤点、有名大学への合格判定もE判定、結局有名大学はなど夢のまた夢で、もともとの志望からはかなり偏差値の低い大学に入ることになった。
浪人はせずその大学に入る話をしていた際、父親からなにか"失望"や"諦め"のような感情を感じ取ってしまい、自己嫌悪に陥ってしまったことを覚えている。

もちろん、今現在の父親との関係は悪くなく良好である、私はそう思っている。ただ、父親が私に対して当初抱いていた"期待"を諦めさせてしまった瞬間があったのだと思うと、今でも父親に対してなにか後ろめたさを感じてしまう時があるのです。

終盤、ビフのウィリーに放ったセリフが心に突き刺さる。

『俺は1時間1ドルの男なんだ!俺に何かを期待するのはもうやめてくれ!!』
『俺は空っぽのクズだわかるか?憎んでなんかいない、これが本当の俺なんだ…』





追記…
私自身、映画の出来栄えとしても大傑作と言っていいほどだと思ったのですが、レビュー数が110しかない…もっと評価されてもいいと思います。
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