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沈黙ーサイレンスーのohassyのレビュー・感想・評価

沈黙ーサイレンスー(2015年製作の映画)
3.5
僕は無宗教ではあるけれど、そのスタンスが誰かの信仰を否定しているつもりは全くないし、誰しも信じることができる拠り所になる何かは持っているはずだ。
人間が進化の代償として失ってしまった心の強さというか、鈍感力のようなものを補うものとしてはとても有用だと思う。
僕も何かあると思うけど、明確になっていない分宗教よりはだいぶ弱い。
それは宗教と違って、ちょっとしたきっかけであっけなく壊れてしまうかもしれない。

キリスト教の普及が江戸幕府の存命を脅かす、という考えは、きっと正しかった。
それまでの権力が、信長あたりでようやく仏教を手なずけたと安心していた頃から輸入され始めたキリスト教は、その世界観や完成度の高さから、強い求心力を発揮した。
時の政権に目をつけられ、恐怖されるのは当然のことだろう。
宗教というものは核は純粋なもののはずなのに、どうしても権力や経済と繋がってしまう。
時に戦争の引き金にもなりうる、それほど強い存在ということだ。

極東の地で囚われ棄教させられたと噂されている、師にあたる宣教師を救うためにやってきた司祭たちも、やがては捕まり、役人たちの取り調べを受けることになる。
存在しているとかしていないとか、そういうことを淡々と、延々と、科学的な論拠で少しずつ崩していこうとする江戸幕府の役人たちはものすごくタフで、全く性急になることがない。
本人たちを拷問せず、信者たちへの拷問や処刑を見せることで、神の存在を否定する。
決して殉教することを許さず、棄教へと導こうとするその執拗さは本当に丁寧で、どちらが宗教なのかわからなくなるほど。
そんな役人たちも、どこかに拠り所があって、何かを信じているからこそできる行動なのだろう。
それにしても役人たちを演じた皆さん、とても素晴らしかった。

信じるものを捨てさせ、ついには棄教に加担する側にさせられるという、肉体的な苦痛、あるいは死よりも辛いかもしれない苦行をしながら生きていくというのは、ちょっと想像がつかない。
それを弱さとされ、果ては信じ尽くしてきたイエズス会から裏切り者の代名詞のような扱いを受けてしまうその無念。
まるで、忌み嫌っていたユダそのもののように。

キリスト教の教えというか解釈に疑問があるとすれば、それはやはりユダの存在だ。
あらゆる映画のモチーフにされるユダは裏切り者の代名詞で、タブー中のタブーとなっているように思えるけれど、宗教は本来そういう弱い人を救済し、正しく生きてもらうためのものであるはずだ。
本作に登場するキチジローはまさしくユダそのもので、彼は信仰心は人一倍強いはずなのに、踏み絵を難なくこなし、金や自分の身を守るために司祭を売り飛ばす。
そして赦しを乞う。
何度も何度も繰り返す。

そんな、一般的には最低の人間だとされてしまうそういった人をも赦すのが、イエスという存在なのだろうと思う。
ユダという存在をただの裏切り者で終わらせるのは、うわべだけの解釈でしかなくて、その先に、それでも赦すイエスが存在することこそが重要な教えなのではないかなと、足りない知識の頭で考える。
だから、ただの裏切り者のモチーフとして扱いすぎるのは結構危険なことではないか。
みんなユダになりたくないがために、裏切り者になることを最も恐れてしまう。
結果的に拷問を受けたり、残忍な処刑をされたりしてしまう。
それは果たして正しいことなのだろうか。
イエスが求めていることなのだろうか。
イエスが赦してくれるのであれば、時として信仰心が折れても、裏切ってもいい時もあるのでは。

実際誰かを赦すという行為はとても難しくて、つい感情が邪魔をしてしまう。
一方で優しい人というのは、どんなに裏切られてもその人を諦めたりしない。
母親のように。
これは男尊女卑ではなくてどちらかといえば尊敬の念なのだけれど、母親というのは子供に舐められやすい。
何をしても、怒られはするけれど基本的に赦しているからだ。
だからつい甘えて舐めた態度をとるし、悪いとわかっていても誘惑に負けて繰り返す。
それは短期的には教育上良くないことのように思えるけれど、一方でそういう存在がいなかったら、その人はどうなってしまうのだろう。
きっと、もっとひどいことになるはずだ。
キチジローにはそういう母親の存在が見えないし、ユダもそうなんじゃないだろうか。
そんな彼らには、イエスが必要なのだろう。
どちらかといえば赦すのが苦手な人間だという自覚がある僕は、もう少し寛容さと優しさを身につけなくてはなるまい。

映画というより宗教観とか考え方みたいな話になってしまったけれど、本作も決して宗教だけの話ではないと思う。
それに、詳しい解説は、町山さんの「映画ムダ話」を是非聴いてください。
80分を超える超力作で、たった200円で感動に打ち震えること間違いなしです。
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