るる

オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分のるるのネタバレレビュー・内容・結末

2.2

このレビューはネタバレを含みます

きっと高速道路で運転しながら思いつき、考えた話なんだろうなあ、と邪推してしまう、ワンシチュエーション・ストーリー。いや、順序が逆かな、ワンシチュエーションの状況を考えて、夜のハイウェイ、車内を思い付いたのかな、だったらもう少しサスペンスフルに面白くできた気もするけど、思いのほか、地味な作品で拍子抜け。建築業界関係者なら、また違った面白さを見出せるのかもしれないが。

ひたすら、父であり仕事人である、真面目一徹、男の話で、起きている事件は日常の延長の出来事。トム・ハーディの一人芝居が見どころだが、脚本に過度な期待をしてはいけない。

正直、トム・ハーディに興味がないなら、これといったオススメポイントが挙げられない。ただ、『マッド・マックス』を見た後なら、運転するトム・ハーディ、「MAD」って連呼するトム・ハーディに、クスッとするくらいはできそう。

疲れたサラリーマンが仕事帰りに映画館に寄って、鑑賞後、ふうっと一息ついてから、いろいろ思いを馳せながら電車に揺られて帰宅する、そんな感じの映画だろうか。男性向けの作品だ。良くも悪くも。

どんな結末を迎えるのかとハラハラしたが、多分、彼は大丈夫なんじゃないだろうか。それだけの図太さがあると思う。

仕事が生き甲斐の真面目な男、死んだ父親を憎んでいる、自分の出生にコンプレックスを抱いている、だからこそ、息子たちを愛しているし、良い父親でありたいと思っているし…

じゃあ、一夜の過ちなんか、どう間違っても起こすなよ、って話なのだ。これに尽きる。

たぶん、病院で待つ女がどうやら決定的にヤバイ女だとわかってくる、とか、死んだ父親への悪態だけでなく、母親への言及があるなどすれば、内容としては、もう少し面白くなったのではないかと思う。

実は主人公の目的地は別の場所だったのだとか、実は仕事でとんでもないミスをして逃げているのだとか、実は妻側にも問題があってとか、そういう、サスペンスがやりたかったわけではないのだろう。あなたの日常に計算外のことが起きたらどうする? ただ、それだけを問う、オフビートな映画なのだ。

それにしたって、解雇を言い渡されるタイミングが早すぎたと思う。仕事の穴を埋めようと頑張っていたのに、もう少しというところで解雇を宣告されてしまう、それでもやり遂げようとするとかなら、カタルシスだって生まれたろうし、自分の仕事を成し遂げようとする男のかっこよさも感じられただろうに。

映画の序盤から、彼は本来する必要のない仕事を、信念と矜持と見当違いの(というしかない)責任感だけで全うしようと悪戦苦闘していることが判明するのだが、
イヤお前、そんな場合か、お前にそんな同時進行で物事を進行させる能力はねえよ…いくら高速道路の運転中が暇で、気を揉むだけじゃ間が持たないからって、そんなんじゃ妻は怒るよ、当たり前だよ…と苦笑いしてしまう。

それでも、なんとなく、この男のことを憎めないのは、彼なりの信念を最初から最後まで貫いているからだろう。思い切り選択を間違えているとはいえ。父親の亡霊からは解放されたのだろうか? あんなんじゃ、今後も、ことあるごとに悩まされていそうだ。

なんというか、この男には、女という生き物への配慮も興味も全く見られない。

浮気をしたのは、女の孤独への同調と同情であって、妊娠がわかってから出産に至るまでの間にも、浮気相手そのものに興味があったことはない。産院に辿り着いたところで、認知して姓を授けたところで、父親の責任を果たしたことにはならないだろうに、彼は自分の自己満足の為に子供と対面した時、どんな感情を抱くのだろうか。

浮気相手に嘘でも「愛している」の一言が言えない彼は、たぶん、妻にも、家族愛しか感じていないから、その過ちの重さを自覚できていない。夫が43歳の年増を孕ませたなんて、女のプライドはズタズタである。それを浮気相手の元に向かいながら電話で告げられるなんて、そりゃあ怒るよ。帰ってくるなと言いたくもなる。

この男、はたして妻の出産には立ち会ったんだろうか。時間がかかりそうだからと助産師に放置されたりとか、いきんでトイレに行きたくなるとか、出産あるあるだと思うのだが、彼がそれを知っていて浮気相手を安心させてやろうとする様子は見えてこない。帝王切開をよくあることだと肯定した程度だ。ややもすれば、仕事で大変なこんな時に、浮気相手も妻も面倒くさいことばかり、これだから女は、という苛立ちだけが透けて見える。

けれども、彼は、女たちから決定的な罵声を浴びせられることなく、心折れることなく、目的地へと辿り着いてしまう。息子たちから投げかけられる優しい言葉に、涙を流しながら。

結局、こういう男っているよな、でも息子にとっては良い父親なんだろうな、これからがきっと大変、でも、息子たちがいれば、きっと大丈夫。今までの選択を少し反省しながら、きっと彼は、息子たちのためにも生きられるのだろう、と日常へと軟着陸する。

ひどい目にあわせるならもっと徹底的にやってほしかったし、人生への教訓めいたメッセージが一つでも良い、強烈に残るとか、なにもかも吹っ切れて生まれ変わるような86分を体験したかったが…中途半端だった。こういう甘やかし方、苦手。
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