Ginny

ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生のGinnyのレビュー・感想・評価

5.0
100億満点!!!!!!!!!!!!
良すぎてエンドクレジットで泣いた。
まったく飽きなかった。集中切れなかった。
ずっと惹きつけられっぱなしだった。
ずっと面白かった。
もっと見たい。ずっと見ていたい。

小学6年生の頃に映画1作目と原作にダダハマりして卒業式にホグワーツのローブを着て、原作を何度も繰り返し読み暗記カードを作り、ずっと原作も映画も追い続け、大学生の頃にはハリーポッターと死の秘宝を日本語版が発売される前に英語の原書で読破し、号泣し、卒業旅行でハリポタのファンイベントが催されたフロリダのユニバーサルスタジオへ行き、英語で原書を読み返し、ハリーポッターと呪いの子ももちろん英語で読破し、号泣し、そして今年の夏にはようやくイギリスへ行き、フロリダで買ったローブでロケ地で写真を撮りまくりワーナーブラザーズロンドンツアー(撮影で使ったセット、小道具大道具衣装、あらゆるものの展示)へも行き、パレスシアターでハリーポッターと呪いの子の演劇を見た女の感想です。

とっても良かった。
私はファンタビの続編への印象はあまり良くなく、特にファンタビのPRに不満を抱いていました。
「虎の威を借る狐」と思っていました。ハリーポッターというネームバリューでだけ成り立ち話題を集める映画だと。
そして最近は日本の様々な企業とタイアップしてしょうもない商品を売り出し小金稼ぎしてると大変批判的な思いで見ておりました。
でもそれは日本の配給会社?宣伝部?広報部がアレなだけかな?

まったくそんなものは杞憂であり、
製作人は本気でWizarding Worldの映画を作り上げていました。
安心のJ・K・ローリング(原作兼脚本)
安心のデヴィットヘイマン(プロデューサー)
安心のスチュアートクレイグ(美術)
他にもいますけど、そんな風にハリーポッターを作り上げてきた人たちが関わっているんだから、最高に決まってるじゃん!ですね。本当にありがとうございます。
一生ついていきます。

2018年にふさわしい映像技術でド迫力の戦闘シーンも入れながら、ハリーポッターに脈々と受け継がれてきたドラマ、フィロソフィーがきちんと描かれている。また、キャスティングが良い!若手から中堅まで存在感も演技も良い。

エディレッドメインの好演は1作目から変わらず。
そして今回注目していたのはゾーイクラヴィッツ。『ビッグリトルライズ』というドラマでも良い存在感を出していたのですが今作でも健在。良いです。
ナギニ役のクローディアキムさんも良かったです。
そして感動したのが、若かりし頃のダンブルドア役を演じたジュードロウ。
リチャードハリスからマイケルガンボンが続投したことですら、完全に納得しきれていない(でも仕方ないけど)のに、また?違う役者が表現するのか?しかも?ジュードロウ?!名前だけじゃないのか?と疑っていたら…なんとダンブルドアの喋り方しとるー( ;∀;)
グッときましたね。コショコショ話レベルのボリュームの時の感じとか、語尾の感じとか。うっうっ( ;∀;)

『Harry Potter and the Cursed Child』をイギリスで見たとき、スネイプ先生に感激した。私たちが愛したスネイプ先生を映画で演じ切ってくれたアランリックマンは、惜しまれながらこの世を去ってしまった。
いつかハリーポッターと呪いの子が映画化するのではと噂話はあるけれど、スネイプ先生を同じキャストで演じることはできない。それを残念に思っていたのだけれど舞台上にいたのは紛れもないスネイプ先生だったのです。喋り方がまっっっっっったく一緒。本当に一緒。
舞台のスネイプ先生役の人がなんて思ったか知らないけれど、自分の演技力の発散を、ファンの人が思い浮かべるスネイプ先生像に完璧に寄せるということでやりきったという思い切りにも感激したし、とにかく最高だった。
だから、演技というのは、そんな風に寄せることで違う役者でも同じ人物を演じることができるのかと感激したんです。
前述のリチャードハリスとマイケルガンボンは結構違うから納得いかない部分もあるのだけれど、シリーズが進むにつれて闘いが多くなるのでマイケルガンボンの役作りは否定はしないですし好きといえば好きなんですが、私の一番はリチャードハリスです( ;∀;)
余談ですが舞台で物議をかもした黒人のハーマイオニーですが、彼女もまっっっっっったく違和感なくハーマイオニーでした。肌の色や見てくれは関係なく、内面を演じることができるのだとこれまた感動しました。

映画に話を戻すと、エズラミラー君の存在感も異常です。
彼はすごいです。『ウォールフラワー』でエマワトソンと共演しているので拝見したことありますが雰囲気を持っていて良い。
あとね、ユスフ・カーマ役の人もすっごく演技良かった!私のツボです。
日本人が覚えやすい名前ですね!

全編を通して、ハリーポッターシリーズで慣れ親しんできた魔法の呪文や、ワード、人物やキーワードが映り込んでいて紛れ込んでいて。
ワクワクが止まらない。
あ!ここにも!あ!これも!ってドキドキワクワク。
しかもさー若かりし頃のグリンデルバルド役でちゃんとジェイミーキャンベルバウアー使うところにもグッときた!
映画1作目に出てきたあのアイテムも、あの重要なアイテムも出てきてる、もう、たまらない( ;∀;)
ダンブルドア先生が授業で使っている部屋に置いてある洋箪笥、ルーピン先生の時の部屋にも置いてあって、アズカバンの囚人の時のグッズ店で新宿伊勢丹限定で販売されたのを兄に買ってもらったんですよーまだ家にあるよーそんな洋箪笥がちゃんとまた映画に出てきてくれてて嬉しいのなんの( ;∀;)

そしてナギニがクリーデンスに集会で言った言葉にギューンときた。
私はダンブルドアが秘密の部屋でハリーに言った言葉を思い出しました。
ハリーポッターは単なるファンタジーではなく、ヒューマンドラマでもあると思っています。
愛を乞うもの、愛に守られるもの、愛のために強くなれるもの、愛がないために臆病で周りを傷つけるもの。
自身との会話、自己成長、友情、信頼。
大事なものはハリーポッターから数多く学んだ私のポリシーのひとつが、以下のセリフです。
「It is our choices,Harry that show what we truly are,far more than our abilities.」
ハリーが、サラザールスリザリン、ヴォルデモートと同じパーセルタング(蛇語を話せる)であることで後継者と疑われたし、組み分け帽子もスリザリンに入れたがった、自分がスリザリンは嫌だと言ったからグリフィンドールになっただけで…と悩むハリーにダンブルドアが言ったせりふです。
そうなんです。
そうなんです。
そうなんです!!!!!!!
自分が何者かというのは能力であることより、自分の選択が表す、
選択がハリーとヴォルデモートでは違う、という。

ダンブルドアが本作でニュートという人柄を評価し信頼している理由にもグッときました。

私がずっと抱いて生きてきたフィロソフィーもスピリットも変わらずハリーポッターの世界にはあり、それを今、またこうして大きなスクリーンで見れる。
なんという幸せなのか。
本当に幸せで。
ハリーポッターは私の生きがいで生きる希望なんだなと改めて思いました。

そして、それは多くの人にとってそうなんですよね。
六本木で行ったハリーポッター展でも、イギリスで訪れたwbstudiotourでも老若男女問わず大勢の人が訪れて目をキラキラさせてはしゃいで楽しんでいました。
ハリーポッター、ファンタスティックビースト。
単なるファンタジーと思っていませんか?わからないからと距離を置いてませんか。
それはまだあなたが気付いてなくて知らないだけです。
ちょっと一歩足をふみだして、興味を持って馬鹿にしないで見てほしいなと思います。

描いていることは一見魔法の世界でフィクションに思えるかもしれないけれどフィクションの皮をかぶっているだけで、マグルの世界にも通じる人間性の弱さや、組織体制の脆さ、立ち向かう勇気や想像力の偉大さを描いているんですよ。

次回作も楽しみで楽しみで楽しみで仕方ないです!
Ginny

Ginny