えむえすぷらす

ヘイル、シーザー!のえむえすぷらすのレビュー・感想・評価

ヘイル、シーザー!(2016年製作の映画)
4.9
 過去の映画オマージュ自体は私も知識がない方でしたが、ともかく素晴らしい撮影されているので素直に楽しめる。

 それよりも米のレッドパージ、コミュニスト(共産主義者)のレッテルの威力について認識が必要な映画。
 50年代の米国において冷戦の始まり、ソ連の恐怖は自国しか持っていなかったはずの核兵器開発競争に追いつかれた事でエスカレーションしていた。鏡に映った自国の姿をソ連だと思い込んで、恐怖におびえて攻撃的になっていた頃で、「コミュニスト」というレッテルを貼られてしまうと社会的抹殺されてしまう時代だった。この作品はそのような時代背景の中で「コミュニスト」が立ち上がった!という設定ですが、それに巻き込まれる俳優が現代社会で政治問題にも積極的に関わるジョージ・クルーニーだし、その立ち上がった「コミュニスト」が何者かわかると、ともかく政治絡みの毒っ気の強さには苦笑いするしかない。(彼らの属性をどう選んだかは、この作品があくまで政治的アピールではなくジョークだという事を示すための手段にもなっている。ああ、本当にこのあたりは面倒くさい作品だわ)
 ロッキードが出てくるのは当時のオーバーテクノロジーとしか思えない軍用技術の象徴としてだと思う。高高度飛行するU-2偵察機、マッハ3の実用偵察機(CIA型のA-12オックスカート、のちの空軍型SR-71)などを作ったCIAと米空軍御用達の航空機メーカーというのはシンボルとして引用するのにちょうど良い。
 そんな設定の中でセイラーなチャニング・テイタムが颯爽とダンスを披露して、さらに50〜60年代的な何か、決して実際に存在したものではなく、こんなものだろうと思い込んでいた何かが出てきて乗っていくなんて展開、本当にとんでもないアクの強さなんですが、ちょっと笑えないレベルに達しているところはあったと思う。

 ジョシュ・ブローリンのトラブルシューティング無双はしつこいコメディラインで描かれていて微笑ましい。この役は「インヒアレント・ヴァイス」の「パンケーキ」絶叫の刑事役に似たものは感じた。押し寄せる小さなトラブルを片っ端からたたき切っていく様、このあたりはドタバタコメディの連鎖を楽しめるかどうかが本作評価の分かれ目なのかなという気がします。

 ほんと、クルーニーの起用は実にひどい。こんな政治的毒っ気の強いコメディシーンのある役をよく受けたなあ。特に最後の方のブローリンとクルーニーの掛け合いなんて見ていると本当にひどいです。そういう意味で大変風刺の毒が効きすぎた面を持った作品でツイスト効きすぎているところが本作の弱点かなという気はします。

追記:映画中で描かれる「コミュニスト」はアメリカにおけるレッテルとしてのもので、本当の意味での共産主義者を描いてはいない。チャニング・テイタムが乗り込むシーンの意図的なチープ演出(当時の映画の撮影技術に見合った撮り方しかしてない)など考え合わせれば、アメリカの当時の「コミュニスト」レッテルを皮肉ったものと判断するのが妥当だと思いますがどうでしょう?