しゃび

あんのしゃびのレビュー・感想・評価

あん(2015年製作の映画)
4.0
少女の絵本を読み聞かせる眼差しと、老婆の小豆を煮る眼差しが奇妙にシンクロする。この絵本のシーンの描き方がとても素晴らしい。

どんな人間にでも、愛を届けることだけは出来る。心に闇を持つ男が、その事に気づいていく物語。


そして何よりも見物なのは、河瀬直美と怪物の狂宴である。

河瀬監督は世界を作るのがとてもうまい。現実世界にいる私たちは、カメラを通してもう一つ別の現実を体験することができる。俳優はその世界に引き込まれ、演技を超えた、その世界の中の自分を見つけているようにみえる。

ただ、樹木希林の場合は少し違う。
初めからそこにいて、他のものをこの世界に引き込む側の人間としてそこにいるかのようだ。桜並木を散歩して、どら焼き屋を見つけふらっと立ち寄るその姿は、あたかも新しい侵入者にご挨拶でもしに来たかのようである。

実際のところ樹木希林は、この映画のために深く努力をなさったようだ。でも、すごく努力したんだろうな、という印象は全く感じさせることがない。あくまで、当たり前のようにそこに佇んでいる。

正直、えらいものを記録したフィルムを観てしまったという印象を抱かざるを得ない。
故人を怪物呼ばわりするのも、とても失礼な話であるが、この映画に映し出される樹木希林という俳優は確実に怪物である。


ただ、この映画の少し気になってしまうところは原作の存在である。ドリアン助川の原作を私は読んでいない。なので、どこまで原作に寄せているのかも存じ上げない。
ただ、ストーリーを語るためだけにあるようなシーンが、映画を少し壊してしまっているように感じる。絵に描いたような客の入りの変化や唐突な浅田美代子の出演シーンは、どうしても作品に偽物感を上塗りしてしまう。

つくづくバランスの難しい映画を撮る監督である。


ネタバレ↓

「私達はこの世を見る為に、聞く為に生まれてきた。
だとすれば、何かになれなくても、私達は、私達には生きる意味があるのよ。」

人生の多くを閉じられた世界で生きてきた人間から語られる重い言葉。
私は慌ただしく過ぎていく日常のなかで、この世を見たり聞いたりすることが出来ているのだろうか。
しゃび

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