エンタメとテーマ性を両立する「えぐられる娯楽」
心がえぐられる映画というのはどのようにして生まれるのだろうか。
その匙加減は難しい。やり過ぎるとただ不快なだけの映画になってしまう。
だから大概の映画はエンタメに振り切るし、その判断は間違っていないと思う。メジャー配給の映画ならばなおさらそうだろう。
ただそうした娯楽一辺倒に風穴を開けるように、魂がぶつかる音が聞こえる本気の映画を作る人もいる。
李相日は間違いなくその一人だ。
本作「怒り」は「悪人」のチームが再結成し作りあげた「えぐられる娯楽」である。
人はどこまで人を信じることが出来るのか、という普遍的なテーマを142分フルに使って描ききる。
役者陣もそうそうたる面子が揃う。渡辺謙を筆頭に演技力のある俳優、女優が脇を固める。沖縄、千葉、東京のそれぞれのパートで非常に濃密な役者のパワーに圧倒される。
2010年のヒット作「悪人」よりも優れているなと感じる点は、映画の総合的な完成度の高さにある。「悪人」は役者の演技があまりに強烈でストーリーが全く頭に入ってこなかったが、今作は3つの視点が互いに入れ替わり物語にリズムを与えている。
また坂本龍一の劇伴も映画の場面場面に応じた心揺さぶられる曲になっている。
原作者の吉田修一曰く「怒り」は「怒れない人の物語」だそう。身近な人を疑い、信じることが出来ず、またそれを表に出すこともないもどかしさや自分への怒り。映画はこうした感情のしがらみを見事に表現している。
その感情が爆発するラストシーン。涙は出ずとも心は信じられないほどに揺さぶられた。