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オッペンハイマーののんのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
5.0
慧眼にして盲目


クリストファー・ノーランの長編第12作目となる『オッペンハイマー』はキャリア初の伝記映画だ。

日本では公開が遅れに遅れ、アカデミー賞を受賞し、海外での評価がほぼ固まり切った段階での公開となった。


「原爆の父」ことロバート・オッペンハイマーの半生を描いた本作は、台詞がある主要な登場人物だけで50人を超えるが、それらがほぼ説明がないまま180分をほぼノンストップで駆け抜ける。


オッペンハイマーが原爆の開発に携わった、という情報だけで本作を観るのはほぼ不可能に近い。
少なくとも当時のアメリカの時代背景や周辺の人物の情報を念頭にいれて鑑賞をしないと置いていかれるだろう。

本作がとても複雑なのは1954年の聴聞会と1959年の公聴会の2つの時間軸に、過去のシーンが入れ子で挿入され、さらにそれらがオッペンハイマーの主観や第三者の視点などで構成されているためだ。


とはいえ、時系列が出鱈目に羅列されているわけではない。その場面のキーワードから連想ゲームのように過去のシーンを点と点をつなぐように出来ており、この複雑な構造を脚本に落とし込むのも、明確なビジョンで映像化できるのもクリストファー・ノーランをおいて他にないだろう。

本作でのアカデミー賞の戴冠は、彼のキャリアを考えれば遅すぎるくらいではないかと思うが、前作『テネット』を経てさらに安定感が増しており、間違いなくこれまでのノーラン作品の要素を継承しつつ、これまでは違う次元に到達したように思う。

映画を支えるのは主役から脇まで徹底して固められた俳優の存在だ。
主役のキリアン・マーフィはノーラン作品の常連だが、誠実さと傲岸不遜な面を持ち合わせるオッペンハイマー博士の複雑な人間性を体現。文句なしの名演だ。

もう一人の主役ともいえるストローズを演じたロバートダウニー・Jr.の演技にも目を奪われた。オッペンハイマーへの嫉妬から復讐に身を焦がすストローズはさながら『アマデウス』のサリエリだ。


クリストファー・ノーランの映画はどんなにこちらがハードルを上げてもそのハードルを超えてくる。本作もまたキャリア最高の一本であり大傑作だ。
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