ヨーク

劇場版 ムーミン谷の彗星 パペット・アニメーションのヨークのレビュー・感想・評価

3.8
観たいなぁと思いながらも観逃していた『ムーミン谷の彗星』でしたが、やっと観ることができました。うん、面白かった。大体観たいと思っていたものは観ることができたので満足です。
いやー、しかし緩い映画だったな。最近はオタール・イオセリアーニ監督の作品の感想文を書くたびに、緩い緩いと言ってきたが本作もかなりのものでアクションとかスペクタクルといったものは全くなかった。いやまぁそれが良かったんだけど、しかしお話の山とか谷とかもほぼないので日常生活でいえば駅前のスーパーまで買い物に行ったら途中で知り合いに会っておしゃべりしながら買い物して帰りにたこ焼きでも買って通り道にある公園で散歩中の犬とか眺めながら一緒に食べた後にバイバイして帰宅した、くらいのどっかの街角で毎日起こってそうなくらいのお話でしかなかった。
いやでもストーリー自体は凄いんですよ。ムーミンがある朝起きたら近所の植物やなんかが全部埃のような灰のようなものをかぶってしまっていて、物知りのジャコウネズミさんが言うにはそれは「彗星が空からやってくる前触れなのだ」と言う。もしその彗星が地球に衝突したりしたら大変である。これは天文台に行って彗星のことを調べなければ! ということでムーミンとスニフとスナフキンが天文台を目指して旅に出るのである。
彗星が地球に衝突とかそんなのムーミン谷レベルではなくて地球規模の危機じゃないか、ということでお話のスケールは非常に大きのであるが、しかし最初に書いたように実際の映画自体は非常に緩い。いやまぁ冒険自体は色々としていて、筏での川下りの途中に滝から落下とか、洞窟探検とか、植物の怪物と戦ったりだとか干上がった海の底を歩いて渡ってタコの化け物から逃げだしたりだとか、実に様々な冒険が描かれるのだがその描写が緩いんですよね。怪物と戦っているシーンですらどこかリラックス感があるほどのゆったりした画の運びとなっていて、それが実にいいのである。
外連味の効いたアクションなどというものとは無縁で本当に絵本が動いているくらいのゆったりとした感じなのである。もちろん本作はストップモーションのパペットアニメなのでその特性として激しいアクションには適さない(もちろんスタジオライカ作品のようなものもあるが)ということはあるが、それにしたってのんびりとした作風になっている。大事なことなので繰り返すが、でもそれがいいんだよ。そもそもムーミンが彗星から地球を守るために八面六臂の大活躍をする一大アクション絵巻なんて別に観たくはないだろう。そういうのはドラえもんとかクレヨンしんちゃんにやってもらえばいい。ムーミンにはムーミンの世界があるのである。
それでいくと本作はムーミンの魅力満載ですよ。だって上で大体のあらすじを書いたけどぶっちゃけそれ以上のことは起こらないからね。ネタバレもクソもない映画だと思うのでハッキリ書いてしまうと本作は天文台まで行ってその後家に帰るだけの映画ですから。同じちびっ子向け作品としてドラえもんとクレヨンしんちゃんのタイトルを挙げたが、のびたやしんのすけと比べたら本作のムーミンは特に何もしてないからな。マジカルなアイテムや超能力で彗星を破壊したり軌道を変えたりなんていうことは何もない。何か物語的に大きなことがあったかというとムーミンが旅の途中で女の子と仲良くなったことくらいだろうか。
なんだよそれ…ナンパ旅行だったのかよ…と思われるかもしれないが大体そうだったと言ってもいいかもしれない。でもムーミンってそういうお話だったよなって思うしトーベ・ヤンソンもそういう人だったよなって思ったよ。まぁ深読みするなら本作での彗星はトーベ・ヤンソンの人生における戦争だったりするのかなとか色々ありはするけど、あんまそういうことを考える映画でもないよなとも思うんですよね。
映画のテーマとしては日常の中にある何でもないものの美しさを再認識する、というようなことがあると思うのだが、そこに説教臭いところは一ミリもなくてただムーミンたちの緩いピクニックのような旅路が描かれるのである。それはもう面白いとしか言いようがないでしょ。というわけでムーミンという題材のパペットアニメとしては本当に期待していたものが観られたので満足でした。
あとはあれだな、ムーミンを始めとしたメインキャラたちはもちろんなのだがモブとして出てくるガチョウだかアヒルだかのパペットたちもめちゃくちゃ愛らしい感じで素晴らしかったですね。これはもう気合い入れてスクリーンを凝視するような作品ではなく、お昼寝とかしながらウトウトと緩く愛らしく素敵な映像を眺めるのがいい作品ではないでしょうか。面白かったです。
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