ニャーニャット

インクレディブル・ファミリーのニャーニャットのレビュー・感想・評価

3.2
前作の『Mr.インクレディブル』もこの機会に見直してたんだけど、まず何より驚いたのがピクサーの映像技術の進歩ね。モノの質感の表現と画面に詰め込める情報量の飛躍的進歩は眼を見張るものがある。正直前作のときはオモチャとか虫を表現するならいいけど、人間を描くのはまだちょっと早いかなぁって感じが否めなかったんだけど、今作は髪の毛の風になびく動きとか、服の質感など飛躍的にその表現力が違う。もちろん前作から今作までに多くの作品が制作されて、その地道な技術革新の集積ではあるんだけど。特にエドナの部屋の内装の違いが分かりやすく変化してた。その内装に使われてる石材の質感まで違いをみせる。


映画の主題としては壮年の男の悲哀とヒーローの存在による市民の自立心の喪失の2つがあったと思う。

1つ目に関しては、前作がオッサンの仕事における自己実現の理想と現実を描いてて、オッサンの悲哀を描いた作品が好きな自分としてはすごく楽しめた。今作では、それが更に進んでリストラオヤジが家庭に入り子育てに奮闘する話。前作では食事中も新聞を読んで家族の団らんには一切目を向けないどうしようもないスーパーヒーローだったんだけど、まあ今どきの映画としては珍しくともなんともない主題ではあるんだけど。

そして、もう一つのテーマに関しては、今回のメインのボスにかかるテーマになるんだけど、これがテーマぶちあげるだけぶちあげて完全に投げっぱなしジャーマン。結局、問題提起をした悪役を倒して、表面的に一件落着。それこそ、この問題を解決するためにスーパーヒーローだけじゃなく、普通の能力の人間も一緒になって戦って問題を解決していくなり、やりようはいろいろとあったと思うんだけど。

同時上映の短編『Bao』については、本編と対になってるのが興味深い。『インクレディブル・ファミリー』は父親の子育てを描いてたけど、短編は中国が舞台のサイレント映画で、骨董的な母の子育ての話。オヤジはポイントで活躍するだけで、基本的にはずーっとテレビ見てるだけのオヤジ。少なくとも米国を舞台に同じものを描くことは今のディズニーでは短編でも考えにくいかなあ。

そいえば、ラストでヴァイオレットがデートでトニーに自分の分の映画代とジュース代を出してるの、アレも地味に最近のディズニーが推し進める《脱・「プリンセス」》の文脈に当てはめて見ることができる気がする。

良かった点で言えば、今回はいろんなヒーローが登場して、いろんな特殊能力が見られてとても楽しい。この映画の登場人物だけで、大乱闘ゲーム作ってもらいたいくらい笑
個人的にはリフラックスが一番のお気に入り。
ジャックがチートキャラすぎて、成長したら作品世界のパワーバランスがおかしなことになりそうだから、サザエさんの方式であんまり外見的な成長はさせないでほしい。