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コスプレの人のshishiraizouのレビュー・感想・評価

コスプレの人(2006年製作の映画)
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フルモーション第8弾は、前作に引き続き有馬顕が監督。『ニップルズ』同様、こちらも“達者”で“洒落た”テイストの演出になっています。

横に長くテーブルについた食品会社の面々が、イカについて妙に熱く論議をかわし、演説をかますファーストシーンから、コミカル感がただよう。『ニップルズ』での乳首論議と同じく、製作・脚本の永森裕二が有馬顕の長所をココだと見定めた采配なのか、些細で情けない事柄についてこだわる者の可笑しさを快調なリズムで描いて確たるスタイルあり。山下敦弘あたりのセコいスタイリッシュさとはまた違ったスタイリッシュさで、あっちがアメリカン・ニューシネマ系のあんまり勉強していない感じの野暮ったさをもっているとしたら、こちらはヨーロッパの、厳かなローファイ感をもつインディーズ映画、とでもいうか、とにかく堂々たる作風をはやくも確立しています。

さて、ディスカッションのあと、主人公の幸吉と副社長のふたりだけ会議室に残る。下級職位の提案を頑として受け入れない幸吉に対し、副社長がやんわりと言う。副社長「たまには、認めてあげるってことも大事よ。み~んな認められたいんだから」幸吉「認めてますって」。フルモーションレーベルをこれまで観てきたひとは、この台詞が全編に通底するテーマだとすぐに察するはず。〈一般的な男女の関係〉とはこうあるべきだという枠にはめず、たとえ特殊な性向があろうとも、それがそのひとであるなら、「認めて」、「受け入れ」ること。

で、今作の「受け入れ」がたいこととは、〈今の自分と違う自分になること〉=〈コスプレ〉。ただし、それを相手に強要すること(コスプレを相手にさせること)。

夜の残業、帰り際、むっちりとした、小さい目の鋭い同僚の女性、視線の交差、性欲が点滅する。

間欠的な点滅感。劇伴音楽もそれを煽る。自宅の全景のショット。橋の上のショット。夫・幸吉(斎藤歩)は食品会社からの帰宅途中、公衆トイレで、それまでの人生と断続した人柄/職業に切り替わる。その断続がまた点滅的。パイロット・スーツに着替えた夫が玄関に立つ、「おかえりなさい」「ただいま」。

まだ若く幼くして結婚した妻・宝月ひかるは、あったかもしれないいろいろな未来、いろいろな可能性のあった結婚を、様々な職業の夫との生を、夢見ている。週一回の(夫のみの)コスプレ・デーは、そのまま夫婦の性生活のすべてである。パイロットを演じる夫の話にきらきらと瞳を輝かせて聞き入る妻を、パイロットとして喋りながら抱く夫。このような状況は即ち現・夫の存在の否定であるから、もちろん夫は不満を募らせている。ある時、演技の途中で「さぶ‥」と呟くことによって破綻させ、譲歩条件として妻にもコスプレをさせるという提案を行う夫。かくして、互いの、ある意味“性の不一致”を解消するべくふたりで模索する。シスター×ターザン、メイド×医者‥。反省会を重ねるふたりは(こういうくだりは相変わらず好調、結婚相手のシミュレーションの筈なのにレースクイーンの格好をさせるのは、単にエロい格好させたいだけじゃん、という妻の反論などを経て)、完成度を追求してあさっての方向へいってしまうことに、凝りに凝った〈選挙戦をたたかう候補とその妻〉を演じて気づく。
袋小路に入り込み、いっそ、なんになりたいか、なんになりたかったかにしてみるという提案が妻からでて、やってみることになる。

ロックスター。
ノッてる夫とは対照的に、家中をあさり、何も見つけられず、何も自分にはなりたいものがなかったことに気づく宝月ひかる、その涙。

ふたりの和解は、宝月ひかるが〈しがない駄菓子会社の社員〉である斎藤歩の妻である〈現実〉と向き合えるようになることでなされるでしょう。そのクライマックスの一連のシーンの最期に発される、宝月ひかるの「しよ、駄菓子屋さん。」という台詞は、予想可能な予定調和ながら、キレイに決まって心地良い。

だが、キレイすぎるのもどうかという疑問が残るのも確か。
例えば、〈性の不一致期〉の絡みのシーンは構図主義的な引いたキャメラポジションからさめたように切りとられているのに対し、和解のセックスはふたりの感情の融合を象徴するようにキャメラは密接して撮られている。その明白な図式性は余白がなくて、そっけなく、〈性愛〉というエモーショナルなものの表現としては熱量が足りないのではないか、と思う。有り体に言って、一番のキモである、宝月ひかるの性交場面に著しくエロティックさが欠乏しているのは、〈性の不一致〉の過程が描かれているからだけだとは言い難く、著名なAV女優であり、タイプ的には“可愛い”かんじの宝月ひかるの、可愛いらしさの魅力をほとんど描出できていないのは致命的な短所だと思う。

ほかに絡み要員で登場する、風俗店の女性、会社の同僚である浮気相手、ともに豊満・切れ長・淫乱系でエロをちゃんと発散しているのをみると、有馬監督にとって、ただ宝月ひかるみたいなタイプはそそらないから演出に熱が入らなかったのではないかと思えてしまう。

しかし、商品としての最大の欠陥は、コスプレ、宝月ひかる、というカードを揃えながら、コスプレするのはもっぱら夫で、妻・宝月ひかるのコスプレシーンはいたって淡白にしか扱われてない、という点ではないでしょうか。

前作から引き続き登場は〈着エロアイドル〉のダンナ・吉岡睦雄。
コスプレ・ロッカー=斎藤歩の会社の同僚として、相変わらず情けない男を好演しています。

2006.6
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