ずけし67

葛城事件のずけし67のレビュー・感想・評価

葛城事件(2016年製作の映画)
3.1
僕も妻と2人の娘を持つ父親なのですが、うちに限ってさすがにこの映画のようなことには... いやいや、可能性は否定できないなと。

ごく普通と思われるような家庭でも、ほんの少し歯車が狂うことで転がり始める。
家庭崩壊なんて案外そんなことなのかもと思ったっぽい。


この映画は、実際にあった無差別殺人事件をベースにした、その犯人側の家庭、そして父親の崩壊劇です。

 
父、葛城清(三浦友和)は小さな金物屋を営み、マイホームを手に入れ、
妻の伸子(南果歩)と共に、
長男・保(新井浩文)
次男・稔(若葉竜也)
を育て上げ、理想の家と生活を築いたと考えていたが、半分ニート状態で21歳になった次男・稔が8人を殺傷する無差別殺人事件を起こす事態に。
更に長男も...妻も...
なぜこんな事態に陥ってしまったのか、この事件前後の葛城家の真相とは...


---以下、ネタバレあります---




ジャケット見ると「俺が一体、何をした」と、父役の三浦友和さんがこっち見てにらんでおります。(コワっ)

上から目線で高圧的、自分の考えを押し付けて家族を縛り上げ、言いたいことも自由に言えないような閉鎖的な家庭にしてしまった最低最悪な父。
この父こそが一家を崩壊させた張本人、本当ムカつくヤローだぜ!

と思う一方で、

自分だけを見て相手を見ないのは父に限った話ではなく、家族全員そうではなかろうかと思ったっぽい。
この作品は、むしろそこを伝えたいのではないかと思うくらい、父以外の人間も皆、内向きです。

田中麗奈ちゃん演じる死刑制度反対論者の星野順子なんてその典型ですよね。
自分自身は死刑に反対することで人を救いたいなどときれいごとを言いながら、一番身近な自分の家族は捨ててしまい、さらに手を差し伸べることのできる目の前の人の目線で物事を見ようとせず、結果、何の癒しや救いにもなっていない。
ある意味、葛城・父以上に自己中心的で周りが見えていない人間ではないかと。

ちょっと話がそれましたが、この家族は、程度の差はあれ、全員に問題があったと言えると思います。

さらに言うと、崩壊を望んだ人間、崩壊させようと悪意を持って動いた人間は父を含め誰1人としていないんですよね。
悲しいことに。

崩壊の主犯格である父。
一家の大黒柱として家族を想い、家族を守ろうと必至に働き、彼なりに信念を持って頑張ってきた。

まだ子供が小さい頃、家を作った頃、あの頃の笑顔あふれる家族の風景が、彼なりに家族のことを想い、理想の家庭を築こうとしていた様子がうかがえます。

ただ残念なことに、正しいと信じ貫いたその信念が実は家族を締め付け、息苦しいものにしてしまっているという事実に気付かないまま長い年月が流れ、気がついた時には全てが狂い、壊れ、取り返しのつかない状態になってしまっていた。

物語が進むにつれて見えて来るのですが、次男の無差別殺人事件が原因で家庭崩壊が起こったのではなく、そのずいぶん前からこの家族は壊れており、事件はその単なる一つの事象に過ぎなかったのですよね。

さかのぼれば、家庭ができたその日から、何かが少し崩れ、また崩れ、いつの間にか歯止めのかからない崩壊に発展していった。

そうした中で、家族のみならず、一見強く見える父も、やり場のない喪失感や不条理な世間の逆風に耐えかねて、実は他の家族同様に壊れてしまっており、そのため輪をかけた高圧的な態度や、自暴自棄もはなはだしい異常行動に走っていたように見えます。

またそうした描写が続くので、見る者の父に対する嫌悪感を助長しているようにも見えました。

そんなどこまでもふてぶてしく我を張り続ける父ですが、1人、また1人と家族を失っていく中で、どこかの時点で父は自分の犯した過ちに気付いていたはずなんですよね。

長男のことがあったとき?
次男が事件を起こしたとき?
妻がそうなったとき?

どの時点かは分からないけど、少なくとも映画のラスト5分前の時点では気付いた。

このラスト5分、父が本当の胸の内がさらけ出された瞬間でした。
それ故このラスト5分は息が詰まりました。

結局「俺が一体、何をした」的な描写一辺倒で終わるのか?と思ったその矢先、
他人にすがって癒しを求め、
そして自らに絶望した彼は、
自分の信念の象徴ともいえる家を自ら破壊し、
そして取ったあの行動。

世に抗い、我を張り続けることに終止符を打とうと、絶望感から全てを放棄しよう、逃げてしまおうと、一旦取った行動だったが...

結局、彼はどの道を選択するのか?

最後の最後に彼が選んだのは、放棄ではなく、受け止めるという選択でありました。

家族を失った哀しみも、そうしてしまった自らの責任も、これからも続くであろう不条理な世間からの逆風も、全て受け止めて生きていく。


だから彼は戻って蕎麦を食べた!!


僕はそう思いました。
というか、そう思いたい。
放り出したのではないと...

息子を死刑にさせないでくれ、死刑はあいつの思うツボだ、息子は生きて一生苦しむべきだ。
そう言い放った父本人が、責任を負うべく自らにそれを課したのだと...

家族を想い、全力で突っ走ってきた。
決していい加減じゃなく、投げやりでもなかった。
でも残念なことに方向が全く違っていた。
でも、負うべき責任は重い。

なので僕的には同じ父親として最低最悪という嫌悪感以上に「残念だったな...」と肩を叩いてやりたいような、同情する気持ちのほうをより強く感じたっぽい。
当然、彼の態度や振る舞いは全く支持できませんし、関わりたくないタイプの人間ですけどね。

それにしても切なく、重い重い映画でありました。

そして、監督さんの言う通り、これは対岸の火事ではないなと。
同じ父親としての自分のあり方を考えさせられる映画なのでありました。
ずけし67

ずけし67