ルサチマ

ジャン・ブリカールの道程のルサチマのレビュー・感想・評価

ジャン・ブリカールの道程(2008年製作の映画)
5.0
ストローブ=ユイレ名義の終焉。ロワール川に浮かぶ小島に生まれたジャン=ブリカールの記憶がつらつらと(いつもの異様な発話とも異なる一定の音に保たれたもの)語られるが、冒頭にぐるっとボートで一周しながらモノクロームの枯れた木々とボートの波紋が広がる水面を捉えた映像によって、いつのまにか一方方向に(直線的に)進んでいたかに思われるカメラは不意に反対方向へ進路を変えているかのように錯覚を引き起こし、更にそこで見事な河の音からボートの機械音への定位のスイッチがなされるため、今作の主題である記憶の回想が、映像と音の領域で至極単純な仕掛けによって予告される。僅か40分程度の時間で、且つ決して多くはない禁欲的なショット数のみで、語り手を映し出すことなくジャン=ブリカールと彼の家族(そこには44年に米国人を匿った結果ドイツ兵に射殺された叔父の記憶が色濃く残る)≒20世紀前半の悲惨な歴史を安易なイメージに溺れさせることなく、枯れ果てた大地や、モノクロームのコントラストが強い雲の流れ、そして河という縦と横の軸によって捉える。
ここで描かれる個人の記憶は決して生半可に飲み下してはいけない苛烈なものではあるが、しかしラストに再びボートによって小島を半周し、そしてそこから次第に離れゆく詩的な軽やかさによって映画そのものが政治的でありながらも美の魅惑を堪えきれずに溢れさせる喜びが感じられる。
ストローブ=ユイレが2人で最後に残した偉大な、そしてあまりにちっぽけな映画を前に鑑賞前に抱えていた雑念の言葉が綺麗さっぱり消え失せた。ストローブ=ユイレの偉業にただ感謝する。
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