茶一郎

何者の茶一郎のレビュー・感想・評価

何者(2016年製作の映画)
4.2
「就活戦争映画であり、人間関係ホラー映画」

 何てモン見せるんだ。
 この映画は、今作の監督三浦大輔氏が原作、そして脚本を担当した『恋の渦』を地獄の釜で茹で上げ、その煮汁がグツグツと沸騰していく様子を見せるのと同時に、高熱の汁を観客席にブチ撒けた。

 これを青春映画と言ったら、人間の絆を描いた温か味のある恋愛青春映画は尻尾を巻いて逃げるだろう。今作の登場人物がやり取りをする場面は、基本的に暗くて冷たい。
 これは、就活という戦争映画、そしてSNSの普及により他人と接する時間が増えた現代における人間関係ホラー映画だと思った。
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 冒頭、就活のシーズンが始まった、とリクルート姿で会社説明会に参加する大量の就活生が描かれる。そこでの就活生集団の描写は『プライベート・ライアン』『フルメタル・ジャケット』戦場・訓練場に送られる新兵さながらだ。かつて『就活前線異常なし』という映画があったが、まさに就活は戦争、現代の軍服はリクルートスーツなのだと思った。

 登場人物たち就活兵士小隊は、マンションの一室を就活対策本部とする。ここからは、他人の言っていることと思っていることは違う、他人の言動を「サブい」と嘲笑っては裏切り合う戦々恐々とする人間関係の怖さが現れる密室劇。
 「他人の考えは自分の想像の内側にいない」ということを描いた作品は、それだけでも優れていると思うが、これは、三浦大輔監督作品『ソウルトレイン』『ボーイズ・オン・ザ・ラン』に通ずる「若気の至り」、そして他者の不確かさからくるコメディ『恋の渦』にも通ずる、見ていてイタ〜い人間関係のやり取りだ。
 
 他者は何を考えているか分からないから怖い。夜のタクシーの中で通じ合っている(はずの)就活生二人を照らす赤い光。逆転現象が起こる暗い部屋でのやり取りには、不穏な救急車のサイレン音が重なる。この辺りの描写はホラー映画のそれである。
 そして、この映画は、小隊の中で常に達観した姿勢の拓人(佐藤健)を追い詰める。原作者の朝井リョウ氏が「読者を精神的に殺してやろう」と言った観客を殺すストーリーを、三浦監督は自身の得意分野である演劇的な手法で再現する。今作には初めから拓人より客観的な視点を持って見ていた観客の視点が組み込まれていたことがここで明らかになる。今作は、安心して見ていた観客をも追い詰めた。

 何てモン見せるんだ。と、映画の中とは思えない話を嫌な気持ちで見ていると、今作は冷たくもとても優しい着地をすることに驚く。拓人も作り手、演劇人であると同時に三浦監督も演劇人だったと気付く。闇から抜けた拓人が開くドアのその先は、光に満ちていた。
茶一郎

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