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天国はまだ遠いのKKMXのレビュー・感想・評価

天国はまだ遠い(2015年製作の映画)
4.5
 最近、この世とあの世(見える現実と見えない現実)をつなぐにはメッセンジャーが必要なのだ、と気づきました。これはタルちゃんの『サクリファイス』を観て直観し、本作をもって確信に至りました。


 さて、本作の中心人物は28歳のJD・五月(さつき)です。10年以上前に起きた殺人事件の被害者・三月(みつき)の妹。大きな悲劇に見舞われて、五月の時間は止まったままです。一般的な大学生の年齢でないことから、五月の苦闘が想像できます。五月はそれでもなんとかこの世を生き抜き、卒業制作にて姉に関するドキュメンタリーを撮ることにしました。
 しかし、この世の理を映すドキュメンタリーでは、五月の時間は動かないんですよ。五月の時間が動き出すには、もっと深いアクセスが必要なのです。彼女はセルフセラピーとしてドキュメンタリーを制作しようとしてますが、現象しか映し出さないからセラピーになんないのです(これがマジックリアリズム作品ならばセラピーになるけどね!)。心の奥底に引っかかっているものは、いくら目に見える現実を捉えても氷解には至らんのですよ。五月に必要なものは、サイコマジック・ボムなのです。

 ホドロフスキー師匠のような天才ならば、心象を表現して自らあの世と交信してセラピーを完了できるのですが、我々凡人では不可能でございます。
 そこで、五月に必要なのはセラピスト=この世とあの世をつなぐメッセンジャー。そこで登場するのは三月の高校時代の同級生(クラスは違うかも?)の雄三です。

 雄三の職業はAVのモザイクを消す人。なんとなくセラピストっぽい!在るものを見えなくさせる、というところが、無いと錯覚した在るものを見つめて抱えていくセラピストと表裏だからです。
 雄三はこの世ではただ生きているだけの人間、みたいな雰囲気があります。この世に根付いている感じがしない。でも確実にこの世の人ではあります(あの世の存在には触れられない描写があるため)。そして、どことなくこの世の周辺に生息している様子が窺え、そこからあの世とこの世をつなぐ力を連想させます。
 また、彼はほとんど自分がなく、出会った出来事を淡々と受け入れていく人です。つまり、器なんですよね。何かの器になれる人。器になれるということは、すなわち…おっとネタバレになるのでここまでにします。

 雄三を通じて、五月の中にある変容が訪れます。そのプロセスが本作のクライマックスなので詳しくは述べませんが、俺にとっては非常に説得力がありました。
 五月は三月を失えてないんですよ。なので喪失と直面し、超えていこうとするプロセスにすげえグッときました。もうネタバレしちゃいますが(観てない人にはわからないとは思いますが)、三月が突如去ったことへの怒りを、五月が吐き出せたのはスゴかった。
 さらにネタバレになりますが(観てなければわからないはず)、終盤雄三が感情を吐露します。これは、雄三がこの世とあの世をつなぐメッセンジャー(自我のない器としての存在)から、この世に足をつけて生きていくひとりの人間(自我を持った存在)になることを示唆しているようにも感じました。つまり、セラピューティックな変化は五月だけでなく、雄三にも訪れたのです。
 劇中で雄三はインポとの指摘があり、そうであればこれを機にデニーロ翁ばりに勃起できる方向に行くはずです。雄三が勃起してセクロスでもする日が来たら、そのときに彼のメッセンジャーとしての力は失われるでしょう。でもそれがこの世で生きる雄三にとって『自分を生きる』ことにつながるのだと感じます。ただ、五月が三月の喪失を乗り越えるのと同じように、三月が天国に行くのがまだ遠いのと同じように、もう少し時間が必要なのかもしれませんね。


 40分に満たない短編ですが、これはスゴいね!濱口監督は『寝ても覚めても』であまり好きな作家じゃねぇなぁ、と感じましたが、アート作品ならぜんぜん好き!まぁ『寝ても〜』はヒロイン朝子がキモくて嫌悪感があったから好まなかっただけかもしれませんが(その後朝子演じた唐田えりかがヒロインそのままにバッシングされる日が来ようとは夢にも思わなかったけど)。
 ただ、濱口監督はこの世とあの世の関係性を巧みに描く作家であることが判り、収穫でした。『寝ても〜』もまさにこの世とあの世に引き裂かれたヒロインがオロオロする話でしたしね。過去作はディグらんといかんな!特に『Passion』は観たいね!『ハッピーアワー』『親密さ』は尺長すぎなので絶対観ないけど。
 最近村上春樹を読み出したのですが(本が苦手なので短編から。『蛍』『踊る小人』が面白かった)、あの世とこの世、目に見える現実と目には見えないが確実に存在する別次元の現実との関係を描くという点において、ハルッキーとハマは共通していますね。


P.S. 本作がネットで無料配信されていることを紹介してくださったごろちんさんには感謝感謝です!ありがとうございました!


★さらにP.S.★
ご存知の方も多いと思いますし、すでに応援されている方も多いとは思いますが、一応お伝えしておきます。
『ミニシアター・エイド基金』
というクラウドファンディングが立ち上がりました。
本作の監督であるハマも発起人のひとりです。

映画文化を守るためにも、このような動きは重要だと感じているため、シェアしておきます。

https://motion-gallery.net/projects/minitheateraid/collectors


すでに目標の1億(!)を突破しています!世界を変えるには行動しかありませんね🎉
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