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PERFECT DAYSのKKMXのレビュー・感想・評価

PERFECT DAYS(2023年製作の映画)
4.1
 話題作を今更ながら観てきましたよ〜!なんとなく合わなそうと敬遠していましたが、実際に観てみるとそんなことはなく、悪くなかったです。
 ファーストリテーリング主導の大資本映画が、こんな清貧な生き方を尊ぶような映画作るんじゃねーよ、というツッコミはぶっちゃけあります。しかし、監督のヴェンダースはそれを逆手に取って、批判性をオミットしてでも己が信じる、素晴らしい生き方をしている平山という男を作り上げ、その魅力を大資本を利用して世界に発信したようにも思いました。
 また、劇中でクラッシックロック/R&Bがガンガン流れるので、かなり俺得なガーエーでございました🎸🥁


 本作は現代のファンタジー、フェアリーテイルかな、というのがとりあえずの感想です。主人公のトイレ清掃員・平山は、ネットやスマホといったデジタルを一切利用せず、文学を嗜み、クラッシックロックをカセットで聴き、朝日の美しさや木漏れ日の優しさ、夕暮れの切なさを感じながら、人との温かなつながりを大切にして、世界の素晴らしさを味わいながら生きています。彼の生き方は貧しいながらも、現代が失った『ゆとり』があり、合理性とSNSで縛られて、無機質な日常を生きがちな現代人にとって平山は羨望の対象です。
 しかし、ガチで平山になりたいと思う人は数少ないはず。現実的にデジタルから離れると、相当生活に支障が出ます。『実際にはなりたくないけど、羨ましい存在』が平山なのでしょう。忙しく何かを見失いがちな現代人が欲望する存在の具現化が平山なのだと思います。だからファンタジー。

 これって、昭和にもいましたよ同じ構造を持つファンタジーキャラが。車寅次郎です。

 寅のヤローは昭和モーレツ社員どもの羨望を具現化した存在だったと思います。誰もが家族を守り、家を買ってキューキュー働く。そんな昭和のリーマンたちにとって、何者にも縛られずに風のように放浪し、気ままに生きる寅は『実際にはなりなくないけど、羨ましい存在』だったと思います。平山と寅の違いは、令和の願望を背負っているか、昭和の願望を背負っているかの違い程度でしょう。ただ、平山は淡々としすぎているため、寅と違いプログラムピクチャーにはなり得ないのは違いかもしれないですね。

 ファンタジーの効能とは何か。大きく分けて2つあるかな、と。一つは現実逃避。これって、現代人必須のモノだと思います。しんどい現世から一旦離れて、空想の中で願望を満たし、エネルギーをチャージして再び現世に戻る。これをチマチマと繰り返して、我々は娑婆世界を生きていると言えます。それが故に最近俺は『感動ポルノ』をdisらないと決めました。そもそも、ポルノで露命を繋いできたような非モテの俺が、ポルノをネガティブな意味で使ってどーする、と気づいたワケです。感動ポルノで涙をスカッと抜くと、明日へのエネルギーチャージができるワケですから。慰め重要です!
 2つ目は、異界体験。これはチャージどころか重要な変容を迎える人もいるのではないか、と感じました。この映画では、異界の男・平山との交錯により、変容につながりそうな強い情緒的体験をしたのではないかと思われる人が3人現れます。これは、寅にも言えることで、マドンナとかサブキャラとかが寅を通じて変化していくことがままありましたからね。ファンタジーの存在は、自分は変わらないが、関わる人を変えうる力があるのです。


 1人目は、平山の後輩・タカシがちょっかい出してる水商売の金髪の女子(通称パツキン)。平山とパツキンはまったく接点がなかったが、ひょんなことからタカシとパツキンを車に乗せることになり、2人は邂逅します。平山は車内ではカセットで音楽を聴くのですが、パツキンは偶然パティ・スミスの1stを手に取り、聴くことになります。流れてきたのは2曲目の『レドンド・ビーチ』。この曲を聴き、パツキンはなぜか胸を打たれます。
 そして後日、パツキンは平山を訪ねます。もう一度、あの曲を聴きたい、と。2度目の時は、パツキンはなんとなく歌詞を口ずさんでいたように思いました。
 この曲、レゲエのまったりしたリズムに明るいメロディなのですが、歌詞の内容はレズビアンカップルの話で、パートナーが海で自殺し、ビーチに死体が打ち上げられたというものなのです。
 歌詞とパツキンのプライベートがリンクしているかは不明ですが(もしかしたら彼女はレズビアンか、パートナーを失ったことがあるか…そのような暗喩が感じられはする)、彼女にとって、この時の体験はかなり深いものであったことが伝わりました。 

 2人目は、平山の姪っ子・ニコ(なんつー不吉な名前だ!元ネタはベルベット・アンダーグラウンドの暗黒女王、名うてのジャンキー・ニコからだろう)。家出をしてきた高校生くらいの女子です。平山は実家とは距離を取っているが、ニコは平山に懐いており、しばらく一緒に暮らし、トイレ清掃を手伝ったりします。
 ここで彼女が出会ったものは、パトリシア・ハイスミスの短編集『11の物語』。この中の『すっぽん』という短編の主人公・ビクターにニコは自分を重ねます。この物語は俺も詳しく知らないが、支配的な母と息子の話のようです。ニコは「私はビクターみたいになるかも」と語っており、支配的な母との関係性に苦しんでいることが窺い知れます。実際はどの程度なのか、年齢故に一時的にそう考えているだけか、もっと根深い支配や抑圧があるのかは不明だけど、この時のニコにとっては深刻だったのでしょう。
 このシークエンスでは「今度は今度、今は今」という平山のセリフが登場します。これは平山の哲学で、ニコにどれだけ影響を与えたかは不明ですが、なんとなくニコはリフレインしているので、後々効いてくるかもしれません。
 結局、ニコは迎えに来た母親に従って帰宅します。そのため、どのように変化するのか、したのかは不明ですが、平山との異界体験は深く刺さったのではないでしょうか。特に『11の物語』は彼女にとって大きな体験だったと思われます。

 3人目は飲み屋のママ・サユリの元夫。7年ぶりにサユリに会いに来た時に、平山に目撃され、その後平山と川沿いで少し話します。元夫はガンに冒されており、どうやら余命が短そうです。それ故にサユリに会いに来たのでしょう。
 元夫は、「何もわからないうちに死んでいくことになりそうだ」みたいなことを呟き、その後2人は影の話になります。平山は影が重なると濃くなると主張し、元夫はそんなことはない、と反論します。実際に影が濃くなるなんてことはないのですが、平山は熱く語ります。「だって、重なった影が濃くならないなんて、そんな馬鹿な話あるわけないじゃないですか!」。
 これは、おそらく人と人との結びつきについて語っているのでしょう。平山は元夫に、サユリとは影が重なって、濃くなっていた時期があったんだよ、と伝えたかったのではないでしょうか。わからないわけではなく、その時の代え難い思いは存在した、それを思い出して欲しかったのかもしれません。
 その後、2人はなんと影踏みします。この時、元夫も夢中になり、童心に返っていました。元夫は結構ガードが固いというか、鎧を着込んで心の自由さが落ちている印象を受けました。きっと、その状態では、上手く人生を進めることはできても、情緒的な体験はあまりできないと思います。そして、彼には死が迫っている。平山が積極的にアクションを取ったのは彼だけだったような気がします。
 影の濃さについての会話は、情緒ではなく知性のやりとりでした。しかし、影踏みでは、元夫も情緒が動き、平山と一緒に遊べたのです。ここで、元夫は異界体験を果たしたのではないか、と感じました。元夫は平山との会話を求めていた。だから、彼の無意識は異界を求めていたのです。そして、平山は影踏みでそれに応えた。元夫は、影踏み体験でガードが弛み、影の濃さについて(科学的とは違う角度で)考えるゆとりができたように推察しました。元夫がその後、どのように変化したかは神のみぞ知ることですが、意味のある体験だったと思います。


 先に述べたように、本作は音楽も魅力のひとつです。特に印象に残っているのは、先に挙げたパティスミの『レドンド・ビーチ』、タイトルの元ネタにもなったルー・リードの『パーフェクト・デイズ』、ラストの長回しでフルコーラス炸裂する、ニーナ・シモン大先生の『フィーリング・グッド』。中でもニーナ・シモン大先生は最高すぎましたね!平山の複雑な表情のアップ、そして美しい朝焼けに合わせて、ニーナ大先生の業が深すぎる声がウ〜ウ〜響く!いや〜、号泣です。このシーンは、数少ない平山が人間っぽく感じる場面でした。
(他は、ニコを迎えに来た妹と久々に再会し、父の話をする場面。この時に平山と父の間に確執があると判明し、平山はやはりしこりのあった妹と抱擁する。後、後輩タカシが飛んで仕事量が倍増し、代理を用意しなかった職場にキレるシーン。この3場面は平山も人間だな、と思えた)

 そして、飲み屋のママ役のサユリ石川が当たり前のように異次元の歌声を聴かせて、普通にドギモを抜かれました。日常場面であのレベルの歌が登場すると凄すぎて逆に笑っちゃうというか。あの時の飲み屋は異界でしたよ。やはりアートはスゲェ!


【本作の参考資料に、使用楽曲の和訳動画】

https://youtu.be/wrzB164dN1A?si=cULnjIhnUpUmmMcx
Lou Reed / Perfect Day (和訳)
結構前向きな訳です。個人的にはドラックにハマって、落とし前をつけないと……みたいな歌だと思っており、タイトルはめちゃくちゃ反語で皮肉だと解釈してます。しかし、この動画の訳だと、そうでもない、本作寄りだなぁと感じました。

https://youtu.be/SVAU98wNFDE?si=mDdxfdTchGzUD4ZN
Nina Simone / Feeling Good (和訳)
これは動画の写真から、本作を観て和訳したようです。生まれ変わり、変容を歌った歌だと思っており、日本だとピロウズの『アナザーモーニング』がテーマ的に近しい。しかし、ニーナ大先生、マジで心に染みる……

https://youtu.be/H0dCQvYT4tE?si=Ef9CpOQmlCOAIr6F
Patti Smith / Redondo Beach (和訳)
これも本作を観て作られた和訳動画。改めて歌詞を追うと、とんでもねぇ内容だな!さすが元祖パンク詩人パティスミ。
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