サマセット7

ダンケルクのサマセット7のレビュー・感想・評価

ダンケルク(2017年製作の映画)
4.1
監督・脚本は「ダークナイト」「インセプション」のクリストファー・ノーラン。
主演は「ゴヤの名画と優しい泥棒」「ヴォイジャー」のフィン・ホワイトヘッド。

[あらすじ]
1940年5月26日から6月4日にかけて。
ナチス・ドイツのヨーロッパ侵攻によりフランス北部ダンケルクの海岸に追い詰められた30万人を超える英仏連合国軍は、ドーバー海峡を越えて英国本島に撤退を図る。
しかし、遠浅の海岸で、艦船に乗るためには桟橋が必要な上、英国が用意した軍艦が輸送可能な人員は、3万人に過ぎなかった。
海岸で待機する兵士たちの頭上に、ドイツの爆撃機が襲来する。
英国からは、武装をもたない民間船が、兵士の救出のために海峡をわたる。
そして英国空軍は、ぎりぎりの燃料しか搭載できないことを承知で、撤退支援のため、戦闘機をダンケルクに向かわせる。
陸、海、空を舞台に、困難な撤退戦がはじまった・・・。

[情報]
クリストファー・ノーラン監督による、2017年公開の戦争映画。
同監督のキャリアにおいて、初めて歴史的な出来事を題材とした作品であり、初の戦争映画である。

クリストファー・ノーランは、独自の芸術的こだわりと、高度なエンタメ性を両立させる稀有な映画監督であり、当代随一のヒットメイカーとして知られる。
彼の良く知られたこだわりとしては、CGを忌避し、最高水準のカメラでの実写撮影を志向すること、作中で時間を巻き戻したり、複数の時間軸を用いるなど、時間を操作することを好むこと、過去のスパイ映画やアクション映画を好んで参照することなどがある。
ほとんどの作品で脚本を兼ねており、今作も同様である。

今作では、過去のノーラン作品で見られた、独自設定を説明するためのセリフを大幅に減らし、歴史劇というよりも、サバイバル映画を目指した、とされる。
その結果、ダンケルク撤退作戦に至る経緯はほぼ説明がなく、政治家や軍の本部の描写などは存在しない。
兵士の主観に集中し、観客に没入させ、戦闘を「体験」させることを企図していると思われる。

今作では、陸の兵卒トミー(フィン・ホワイトヘッド)が経験する撤退戦が1週間。
海で一般人の船乗りの息子ピーター(トム・グリン・カーニー)の海峡縦断の航海が1日間。
空で航空機パイロット・ファリア(トム・ハーディー)とコリンズ(ジャク・ロウデン)が経験する撤退支援の航空作戦が1時間。
これらの異なる時間軸が並行して進行し、それが作品の上映時間100分の中でめまぐるしく入れ替わる、という、いかにもノーランらしい手法をとる。

今作は実際のダンケルクで撮影された。
航空機は実在の航空機(一部は類似の航空機を改造)を借り上げ、実際の軍艦を運用、6000人のエキストラを動員するなど、今作でも監督の実写撮影へのこだわりは遺憾なく発揮されている。

音楽監督は、クリストファー・ノーラン作品常連のハンス・ジマー。
全編にわたり、心臓の鼓動や時計の針を思わせる緊迫したサウンドデザインを徹底し、緊迫感を盛り上げている。

今作が題材としているダンケルク撤退戦は、第二次世界大戦の序盤における戦闘の一つである。
日本人には今作公開までそれほどなじみはなかったが、何度か映像化されており、ヨーロッパでは有名な戦闘だったようである。

前年1939年9月のドイツ軍のポーランド侵攻に対して、英仏がドイツに宣戦布告したことにより始まった第二次世界大戦は、1940年5月のドイツによるオランダ、ベルギー、ルクセンブルク、フランスへの侵攻によって新たな局面を迎えた。
航空機と陸上部隊の連動を効果的に用いた最新の戦術のもと、ドイツ軍は連合国軍を圧倒し、ダンケルク湾岸に追い詰められた連合国軍30万余を包囲殲滅できる態勢にあった。
今作で描かれるダンケルク撤退戦の後、連合国軍は一時ヨーロッパでの足がかりを失い、作戦の11日後の6月14日にはパリが陥落する。
翌月からはドイツはイギリス本土への上陸を目指して、英国空軍と空中戦を開始。
第二次世界大戦中で、ドイツが最も優勢だった時期の話、と理解できる。
ドイツの敗勢までは、独ソ戦の膠着とアメリカの参戦まで待つ必要がある。

1944年6月6日のノルマンディー上陸作戦を描いた「プライベートライアン」など、大戦末期のアメリカ軍参戦後の連合国軍の攻勢を描いた作品は数多いが、序盤の劣勢の時期を描いた作品は珍しい。

今作は、1億ドルの製作費で作られ、5億2千万ドルを越える大ヒットとなった。
今作は、特に批評家から絶賛を集めている。
アカデミー賞8部門でノミネートし、編集、録音、音響編集の各賞を受賞した。

[見どころ]
余計な情報一切なし!
100分間、途切れることのない緊迫感!!
兵士目線で、戦闘のリアルを「体験」できるアトラクション・ムービー!!
映像のくっきり度合は、さすがノーラン作品!実写撮影の迫力!
今作最大の魅力は音響にあり!
ドイツ軍兵士の姿は一切映らず、銃声の「プシュ!!」という音や、ハンス・ジマーによる、神経に響くBGMが、緊迫感を煽りたてる!!!!
グロテスクな人体破壊描写は一切なしの、親切設計!!!

[感想]
これまでのクリストファー・ノーラン作品とは確かに異なる。
しかし、どこまでもクリストファー・ノーラン作品である。
そんな作品。

大胆に初期設定の説明セリフを省いた点が、効いている。
全編、ひたすらサバイバル・スリラー。
戦争映画、というよりも、パニック映画に近いか。
ハンス・ジマーの極まったサウンドデザインも含めて、かなり振り切った作品だと思う。

何しろ、今作で、ドイツ軍兵士は一人も顔を出さない。
普通は、相手も人だ、とか、殺人の葛藤だとか、描きたくなりそうなものだが。
戦争映画としては、相当変わったバランスだ。
「特攻大作戦」などの昔の戦争映画に近いか。

その分、歴史の啓蒙とか、人物の掘り下げとか、ドラマの盛り上がりとか、一般的な戦争映画に期待される部分はさほどでもないかもしれない。
とにかく、没入感重視。
兵士たちが生きるか、死ぬか、の緊迫感のみで、100分を描き切る。

売りの一つである、陸、海、空の、それぞれ異なる時間軸の圧縮と並行描写は、今作においては、特に混乱を招くものではない。
むしろ、ダンケルク撤退戦を映画化するにあたって、全編緊張感を持続させるために、論理的に考え出された、必須の作劇のように見える。
陸、海、空、どれか一つに絞って時系列どおりに描いたところで、今作のような畳みかけるようなスリルは生まれなかったであろう。
さすがは、天才、クリストファー・ノーラン、と思わされる。

キャスティングは、脇をケネス・ブラナー、キリアン・マーフィー、トム・ハーディーといった有名キャストで締めるが、メインキャストはいずれもほぼ無名といってよい、テレビドラマ主体の若手俳優たちだ。
現在では有名作に次々出演しているバリー・コーガンにしても、今作公開時点ではそれほど知られていなかったはずだ。
ワンダイレクションのハリー・スタイルズも、今作映画初出演。
これらの無名の若手中心のキャスティングは、実際に戦地に動員されていた若者たちの寄る辺のなさの表現になっている。

総じて独自性に満ちていて、確実に一見の価値がある作品だ。
他方で、今作によって最も生起させられた感情は、疲労感、であった。
何しろ、100分間、緊張しっぱなしなので、疲れる疲れる。

その上で、疲労感を上回る感動やカタルシスがあったか、と言われると、首をかしげる。
感動がないわけではないのだが、疲労感を上回るかというと・・・。
このあたりのバランスは、いかにもノーラン作品っぽい。

今作の前に作られた「インターステラー」では、彼の作品では珍しく、親子の情愛を描いており、感動的な人間ドラマがあったのだが、それは、同作の作成経緯(クリストファー・ノーランが自ら提案した企画ではない)に基づく一作品限りの傾向だったようだ。
今作では、また、ドラマよりもスリルを追求するノーラン作品に、よくも悪くももどってしまった。
この傾向は、次作「TENET」でも続いている。

[テーマ考]
今作は、観客に、戦場の生きるか、死ぬか、という状況を追体験させる作品である。
セリフは極力排されており、メッセージ性は前面には出てきていない。
作品の構造は、ジャンル映画に近い。
クリストファー・ノーラン自身、今作で参照した映画として「スピード」「アンストッパブル」「恐怖の報酬」といったノンストップ・アクション映画やスリラー映画を挙げているくらいだ。

とはいえ、重層的に描かれるエピソードの連なりの中に、たしかに今作なりのメッセージは描かれているようにも思う。
それは、要するに、人の生命のかけがえのなさ、ということになろうか。

困難に満ちた陸のエピソードのラスト、読み上げられる新聞記事上の首相演説。
あるいは、海のエピソードにおける、引き返すか、進むか、の葛藤とその顛末。
そして、空のエピソードが、セリフで語ることなく示唆する英雄性の本質。
いずれもこのメッセージに沿って理解できる。

よりシンプルに、連合国の先人たちの栄光を称揚した作品、と読むことも可能だが、それならわざわざ「撤退戦」を題材にしないだろう。

ダンケルク撤退戦で生き残った兵士たちが、後の連合国の反攻の主力となる、という史実に鑑みると、より「人の生命のかけがえなさ」が感じられる、かもしれない。

[まとめ]
天才クリストファー・ノーラン監督が手がけた初めての戦争映画にして、全編緊迫感に満ちたサバイバル・スリラーの秀作。

クリストファー・ノーラン監督の最新作にして、今作に次ぐ歴史劇となった「オッペンハイマー」は、2023年公開以来、現在世界興収10億ドルをうかがう大ヒットとなっている。
原爆の父、という題材だけに、日本公開は危ぶまれたが、ついに来年、日本での公開も決まったようだ。
海外レビューでは、ノーラン監督最高傑作との声も上がるが、果たしてどうか。
楽しみに公開を待ちたい。