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バリー・リンドンのfujisanのレビュー・感想・評価

バリー・リンドン(1975年製作の映画)
3.8
リドスコ版「ナポレオン」で描ききれなかった中世ヨーロッパの風景

スタンリー・キューブリックによる1975年制作の映画。

本当は「ナポレオン」を撮りたかったスタンリー・キューブリック。完璧主義の彼は20人もの専任スタッフを雇い、ナポレオンの歴史調査を進めていたといいます。

しかし、結果的に資金の目処が立たず「ナポレオン」の制作は断念。詳細に調査した中世ヨーロッパのリサーチ結果は、本作「バリー・リンドン」に活かされたと言われています。
https://www.cinematoday.jp/page/A0006293

昨年公開されたリドリー・スコット監督の「ナポレオン」。公式には認めていないものの、マーチン・スコセッシ監督は、直接親交もあったというスタンリー・キューブリックの意志やリサーチ情報を引き継ぐ形で制作したとも言われていますね。


■ 映画の世界観

3年の歳月と1100万ドル(今の価値だと70億円ぐらい?)という巨額の制作費をかけ、視覚化された18世紀のヨーロッパ映像。

セットで再現する時は現地の土や植物まで持ってくると言われる完璧主義の鬼、スタンレーキューブリック監督だけあって、ドキュメンタリーのように見える映像で、時代劇なので今観ても古臭さは感じません。

また、「ナポレオン」ほどではありませんが合戦シーンもあり、リドスコ版ではばっさりカットされた海のシーンでも、(おそらく)本物と思われる帆船まで登場しています。

リドリー・スコットはナポレオンを歴史的人物としてではなく一人の男として描いたことで賛否ある結果となっていますが、本作は当時のヨーロッパ風景や文化がきっちりと再現された、文化や歴史が分かる世界観となっていました。

映像のどこを切り出しても絵になりそうな180分の至高の映像体験。中世ヨーロッパの再現という意味では、この作品のほうが「ナポレオン」よりも圧倒的に勝っていると思います。


■ ストーリー

18世紀のヨーロッパを舞台とした、ウィリアム・サッカレーによる小説 "The Luck of Barry Lyndon" を元に、キューブリック自身が映画化するために大胆に脚色。アイルランドの農家の息子として生まれたレドモント・バリーが、口八丁、手八丁で貴族を目指して成り上がっていく物語です。

バリーは短気で賢くはありませんが、口の上手さと度胸があり、高い身体能力と運を合わせ持った男で、混乱の中世ヨーロッパを股にかけ、あれよあれよという間に成り上がっていきます。

アイルランドの農家 → イギリス軍入隊 → プロイセン(現ドイツ)軍へ → 同郷の賭博師に気に入られ、社交界へデビュー → イングランド貴族の娘に取り入る・・・と。

映画はバリーの人生に沿う形で中世ヨーロッパの各国を巡っていき、途中、七年戦争などの合戦が描かれています。


■ 描かれる中世ヨーロッパの文化

□ 名誉のための決闘

リドリー・スコットは映画「最後の決闘裁判」で14世紀に行われた最後の ”裁判としての決闘” を描きましたが、その後も違法ではありながら、個人のプライドと名誉をかけた ”名誉のための決闘” は続きました。

本作でも、この”名誉のための決闘”が度々描かれます。(余談ですが、これを観て、昨年の「ジョン・ウィック コンセクエンス」のラストシーンで描かれた決闘が実際に行われていたものと近いということを知ることができました)


□ 中世ヨーロッパの戦争

「ナポレオン」でも描かれていた、横一列の密集隊列で歩きながら接近していく戦争の形。前方には同じく横一列に銃を構えた敵の部隊が居て、なぜ撃たれると分かっていても歩いて近づいていくのか不思議でした。しかも最前列には鼓笛隊という楽団も居て、当然撃たれるんですよね。。

これについては、いくつか理由は分かったものの、当時の文化として描かれていたのは興味深かったです。

・鼓笛隊 … 進軍する兵士の歩調合わせや混乱の中で命令を伝えるため
・なぜ歩み寄っていくのか … 当時の銃の命中率が低かったことと、連射ができなかったこと。ちなみに、第一次大戦前に機関銃が発明されたことでやらなくなったようです(全員死ぬので)
・なぜ肩が触れ合うほどの横隊を組むのか … 味方の脱走を防ぐ理由もあったようです(撃たれるのは分かってるので逃げたい気持ちも理解できます・・)

昨年から何冊か軍事歴史書も読んでいるのですが、「ナポレオン」よりも本作の方が再現性は高いように思えますね。


□ 庶民の生活文化

結婚を申し込む男性が
『神に誓って、あなたを含めた5人以外に私の情熱を注ぎません』とか言ってしまう時代。

当時は女性は男性の持ち物の時代ではありますが、女性たちも流行の服装に身を包み、力強く生きていた時代でもありました。この時代の映画によく出てくる胸元が大きく開いた服装にも意味があるのですよね。

男性が多く戦争で死んだ時代。都市と都市を結ぶ街道沿いの屋敷では、夫を戦争で失った女性が一人で子供を育てるためにせねばならないこともあった。

また、「ナポレオン」では描かれなかった、軍隊による略奪行為も描かれていましたし、軍隊の中での男性同士の赤裸々な愛情関係が描かれていたことも驚きでした。

まだまだ他にもありますが、当時の文化がドキュメンタリーのように再現されていて、とても興味深かったです。


■ 感想

大きな抑揚なく180分間続く映画のため、かなり好き嫌いが分かれる映画かと思いますが、「ナポレオン」を観て当時の歴史文化に興味を持った方にはオススメできる映画だと思います。

本作には、ジャケ写がそっくりの「キューブリックに魅せられた男」というサイドストーリーがあり、
本作に出演し、その後俳優業をを捨ててキューブリックに弟子入りし、監督が死んだ今でも師事し続ける男の狂気の物語が描かれていて、こちらもとても面白かったのでまたレビューします。
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