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エリザのためにのKnightsofOdessaのレビュー・感想・評価

エリザのために(2016年製作の映画)
4.0
[ルーマニア、腐敗の連鎖を可視化する] 80点

傑作。2016年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。同じ年のコンペにはクリスティ・プイウの新作『シエラネバダ』も並んでいたというルーマニア・ニューウェーブの中でも一つの到達点のような年でもあった。主人公ロメオはトランシルヴァニアにある警察病院に勤める中年医師、調子の悪い妻マグダと高校卒業を控える娘エリザと三人暮らしだ。ケンブリッジ大学入学のための奨学金を得るには最終試験で9.0以上の成績を維持する必要があるのだが、試験を目前に控えたある日、エリザは路上で暴漢に襲われてしまう。利き腕の捻挫と精神的ショックのために動揺し本調子を出せないエリザを前に、ロメオは自身の持てる全てのコネを使って試験を優位に進めようと動き始める。とはいえ、ロメオも不正初心者であるのが興味深い。それでも"皆もすなる不正といふものを我もしてみむとてするなり"となるほど身近にあるのだ。ロメオはチャウシェスク時代に国を離れていたようで、民主化以後に妻と二人で帰国したが、国を変えることも望み通りの人生を送ることもできずに今に至るという背景設定が加わることで、不正問題にも厚みが増す。作中でナチュラルに不正を行う人物たち(ブライ氏や警視正)も元はロメオのように不正などしたこともなく、今のロメオのように切実な不条理を手早く解決するために不正に手を出したのかもしれない。そうして、娘の為とはいえ忌み嫌ってきたであろうルーマニアを覆う腐敗に手を伸ばしてしまい、不正は連鎖してきたのだろうと思わせる。一方、娘はほとんど自己主張をせず、教育熱心な父親の思いを受け止めている。この手の教育熱心な親にありがちな、なれなかった自分を託すという思いに加えて、ある種ルーマニア自体が抱える西欧への憧れのようなものも背負わされている。そんな彼女が自らの意志でルーマニアに残ることを決めるのには、希望を抱かざるを得ない。基本は正対する二人を横から撮るショットだけだったのに、最後でエリザはカメラの向こう、ロメオはカメラの後ろに行ったのも、二人が進む道がこの瞬間に別々になったかのが明示されたかのようでもある。

ちなみに、エンディング曲はルーマニアで大ヒットした"高校生"シリーズの二作目『The Graduates』の主題歌である。同作はチャウシェスク時代終盤のルーマニアの高校で青春を謳歌する少年少女たちの物語で、英題も含めて本作品とはちょうど表裏一体のような関係にありそうだ。
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