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哭声 コクソンのemilyのレビュー・感想・評価

哭声 コクソン(2016年製作の映画)
4.0
平和だった村がおかしくなったのは、日本人の男が来てからだ。村は男に関する噂が充満し、自身の家族を虐殺する事件が多発する。殺人を犯した者は皮膚がただれ、目からは生を失い、言葉を発することができず、現場で朦朧としていた。担当刑事のジョングは娘にも同じ湿疹があるのを見つけ、全ては日本人のせいだと確信し、彼の元を訪れ攻め立てる。その行動が村に混乱をもたらす結果になる。

閉鎖的な村コクソン。暗いトーンに包まれ、雨がひたすら降りしきる。韓国ノワールのトーンで始まり、数々の殺人事件からサスペンスの展開へ、日本人國村隼が釣りをするシーンから始まるが、後々祈祷師の言葉としっかり交差し、何気ないシーンも全て伏線となってるかのように、描写していき、意味深な不穏感を常に漂わせる。

サスペンスからエクソシストさながらの娘の変貌、身体の曲がり方、祈祷師×祈祷師の謎のバトル。目に見える物は刑事ジュングの目線であり、聞き込みで耳にする噂によって彼の真実は作り上げられていくのだ。それを見せられることで、翻弄され、作り上げられた真実ゆえに、祈祷師達の言葉によりさらに大きく揺れ動いていく。

祈祷師バトルは切り替えにより音量も熱も暑さもヒートアップし、そうしてその空間で気持ちよさそうな顔を時折見せるファン・ジョンミンの遊びでやってるのか?と時折思わせるようないきすぎとも思われる絶妙バランスに目が離せない。時折投入される痛みを感じさせる描写が絶品で、スローテンポながらも一切退屈させず、中盤からは真実が見事にぼやけていき、しっかり五感を奮い立たせないと、ストーリーから振り落とされてしまうため、それなりの集中力を要するのだ。

國村隼はただそこに居るだけで、その大きな目で見つめるだけで、異色の存在感を放ち、特殊メイクにより変貌した姿に全く違和感を感じさせない。かと思えばしっかり人間らしい部分もあり、何気ない仕草から優しさをこぼしていくので、クルクルと感情を支配されていく。

目に見える物がいかにチープで信用できないか。噂により翻弄されて、作り上げてしまった真実、自分が信じたものはいつで"真実"として、塗り替えられていく。人の心理の隙間を見事に這うように拾い集めていき、両極の存在が目前となった時、見事に盲目となる滑稽さを逆手に取った幻想と信教が行き交う中で、観客がみる真実とは?

この中から自分を過信する事なく、見えるものに惑わされる事なく、心の声を聞き本当の真実にたどり着けるのか?それは心の力量を試され、非常に苦しい作業である。自分が信じるものと本当の真実は一致するとは限らない。信じ続ければそれは真実になるが、それは必ずしも正しいとは限らない。いつだって大事なものは目に見えない物である。心の目で見極める作業では、そのまま日々積み重ねた自分の人生が反映されるのだろう。
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