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荒野にてのAPOのレビュー・感想・評価

荒野にて(2017年製作の映画)
4.6
主人公チャーリー(チャーリー・プラマー)が幼い頃に母親は姿を消し、唯一心の拠り所である父親は"だらしない"が愛情を注いでくれる存在。貧しいながら二人で生きていた。しかしある日、父親が愛人のパートナーに致命傷を負わされ、遂には死んでしまうことから、天涯孤独の身となったチャーリー。
競走馬の世話係の仕事をしていく中で、老馬リーン・オン・ピートに感情移入してしまい、殺処分が迫るこの馬と逃げ出し、安住の地を探す旅が始まる。


邦題である『荒野にて』とあるように、だだっ広い荒野を馬と旅する映像は、もはや神秘的で美しい。孤独で、無力で、お先真っ暗な状況下であるのだが、それが相反して映像から伝わってくるものは"美しさ"にまとめられた。ロードムービーの良さしか出てない。


マンメイドの音楽を多用していない。日常に溢れる生活音を"音楽"として積極的に使用している。その静寂の中にある"音楽"は本作の雰囲気作りに貢献している。
本作でも特に気になったラストに使用されていたのが以下2曲。

"The World's Greatest" by Bonnie "Prince" Billy
ラストのランニングシーン。

"Easy Run" by Richmond Fontaine
エンディング曲


(以下ネタバレ含む)




チャーリーにとって心許せる存在は作中でどれ程いたのか。新しい仕事を始めたり、旅をする中で幾人もの新しい出会いを経験した。が、恐らくその中で心底心を許せる人はゼロだった。彼にとってそのような存在の人は、父親と馬ピートだけ。
そんな大きな大きな2つの存在がこの世から消えて無くなるシーンは本作の中でもフォーカスを当てるべきであろう。
当事者ではないと絶対に分からないであろう、チャーリーが感じた孤独感と、またこの社会に生きる上での自身の無力感や苦悩に完全に感情移入する事は到底難しい。だから鑑賞して伝わってきた範囲での意見だが、ちゃーりーの心情の変化を辿ると心が折れるどころではなく病んでも全くおかしくない。

・自己投影してしまう程のピートという馬に出会い、楽しみながらお金を稼げることになる
・唯一無二の存在である父親が瀕死状態になる
・不安ながらより一層仕事を頑張り、家計を支える覚悟が出来る
・父親の死による絶望
・競走馬ピートの戦力外通告
・ピートと生きていく為に、叔母を頼りに旅へ出る
・ピートの死による絶望

大まかに記したが、若干16歳の少年にとっては過酷過ぎる出来事が続き、心もアップダウンしてもなんらおかしくはない。彼の経験したこと全てが心を閉鎖状態にする所以だったのかもしれない。

父親の死後、ピートと生きていくために、ピートを殺させないために、逃げ出すのだが、結果として自分のせいでピートを死なせてしまう。
相棒が死んだ後、警察の事情聴取を受けた際に、暗闇に向かって走って消えてゆくチャーリーの画が頭に強く残っている。


犯罪を犯した際や、他にも何度か保護されそうになった際に、チャーリーはことごとくその場から逃げた。"生きる"だけでいいなら、両親がいない彼は保護されれば、それこそ叔母にも容易に辿り着けたかもしれない。しかし、彼は周囲の人間を信用しなかった。
旅の道中で助けてくれたり力を貸してくれたりする人もいた。時折り彼は笑顔を見せていたのも事実。もっともっと頼ればいいのに、と観ていて何度か感じたが、チャーリーの言動からは常時リアリティをとても感じた。バンに住むホームレスを逆襲した後、震える手を握り締めながら鏡で自身の顔を見つめるチャーリーも印象に強く残っている。


図書館で叔母に出会うことができ、少しの間家に滞在していいかと訊くチャーリーに対し、もう離さないと答える叔母。
夜、叔母の部屋で"通常の"日常を送られるか質問するシーンは泣けてきた。悪夢を見ると告白する彼に、叔母は頼れる人が近くに居れば、悪夢は完全にどこかへ消えることはないかもしれないけど、自身が良い時間を過ごせば必ず良くなると伝える。
父親を失い、ピートを失い、チャーリーは自身の心の内をようやく打ち明けられる存在の人に会えた。


そして上記に述べた、ランニングのシーンで流れる曲はかなりタッチング。
観ている側からしたら、最後も彼の表情からまだまだ彼がどうなっていくのか不安が残る形で幕が下りた。だが、こちらからしても叔母の存在が大きい。勿論、チャーリーにとっても大きいだろうが。


そして、チャーリー・プラマーの表情作りが素晴らしかった。美形なお顔立ちとだけでは済まされない。孤独感を纏い、いち少年が厳しい世の中で現実と対峙しながら、無力ながらに必死になっている描写が凄く良かった。
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