開明獣

エゴン・シーレ 死と乙女の開明獣のレビュー・感想・評価

エゴン・シーレ 死と乙女(2016年製作の映画)
5.0
JR上野駅の公園口を出て真っ直ぐ、左に東京文化会館、少し行って、ル・コルビジェ設計の国立西洋美術館を右手に眺めながらなおも直進すると上野動物園にあたる。動物園入り口の手前を右に曲がってすぐに、東京都美術館の入り口はある。銀色の球体を目にしながら、エスカレーターを降りて企画展示会のエントランスに辿り着く。

今、その都美術館で4/9まで会期中の展示会はエゴン・シーレ展。シーレの作品を最も多く所有する、ドイツのレオポルド美術館から、シーレの作品のみならず、グスタフ・クリムトや、コロマン・モーザー、オスカー・ココシュカなど、ウィーン分離派のみならず、表現主義の作品も網羅した展示会は見応えのあるものだった。表現主義の画家には(今回の企画展では展示はないが)ムンクや私が好きなエルンスト・ルートヴィヒ・キルスナーやフランツ・マルクもおり、その影響力の深さが見て取れる。

フランスで旧態依然としたやり方に異を唱えて新たな画風を作り出したのは印象派。彼らは、外部の対象を自分の目に映ると信じた形で表現した。クリムトやシーレが中心となったウィーン分離派は、表現主義と呼ばれるように、内面の心象風景を表したものと言われ、印象派とは対局に位置しながらも、因習から逃れようとする新しいムーヴメントであった点では一致している。シーレはその運動の最先端にいたと言っていい画家だ。

ペルーの小説家でノーベル賞作家のマリオ・バルガス・リョサの「官能の夢ードン・リゴベルトの手帖」にエゴン・シーレの作品は重要なモチーフとして表れる。浮世絵の春画に影響を受けたシーレに多大な影響を受けた日本の漫画家が、「ジョジョの奇妙な冒険」で知られる荒木飛呂彦氏だ。多くの別ジャンルのクリエイターをも魅了してきたエゴン・シーレとはどんな男だったのか?

死と性を真正面から描いた画家シーレ。剥き出しの性器、わい雑な陰毛、少女の裸体、シーレの心の中に映し出された人間の真実がそこにはある。

複数の女性と関係を持ち、その殆ど誰をも不幸にしていったシーレは人としては褒められたものではなかったことが、本作でもあますことなく描かれている。約100年前のパンデミック、スペイン風邪で命を落とすことになるシーレ。死を描いてきた画家は自らの今際の際に何を観たのだろうか?

きっと死にゆく自分の姿を描きたいと思ったに違いない。鬼気迫るほどの芸術至上主義者の短い生涯とその作品は今も多くの人の心を打つ。

シーレの作品と対峙する時に感ずる一種の背徳感は、私達が潜在的に持っている願望の表れの裏返しなのかもしれない。
開明獣

開明獣