藻類デスモデスムス属

1万キロの約束の藻類デスモデスムス属のレビュー・感想・評価

1万キロの約束(2016年製作の映画)
4.0
これがわたしの走る鉄学。
「愛は人を鉄にする」、なんてことあるわけないじゃん。もし描かれたのが、そんなやくざなマジックだったら白けてしまうよね。この映画は、台湾人ウルトラマラソン走者・林義傑(ケヴィン・リン)さんを下敷にした人情ドラマであって、ファンタジーでもSFでもないから、自然法則には逆らえない。はずだけれども、サハラ・ゴビ・アタカマの三つの砂漠と南極大陸を走るレースで優勝し、シルクロードも走破したファンタジスタな彼が、「鉄人」であることに、異存はないよね。あれれ、おかしいね。人を鉄には変換できないのに、鉄人が存在するというパラドックス。そんなことを認めてしまえば、錬金術師組合からのブーイングは免れない。とっくの昔に地球上から人間が消え、黄金だらけになっていたはずだから。歴史はそれを「違う」と証明していて、双方の言い分をふまえた平和的解答が早急に必要と云々。もう分かったよね、可能性はひとつだけ。「ケヴィンはもとから鉄で出来ていた」。いやいや、鉄製の人間自体はそんなに珍しいものじゃなくて。たいていは他のみんなと同じように、幸福と倦怠に塗れ、普通に暮らし、生活を支えてる。どうやって産まれた、ってそれは鉄なんだから鉄鉱石(酸化鉄)を高炉で還元すると云々。要するに両親が頑張ったのだけれども、はじめはみんな硬くてもろい、銑鉄だよね。ところで鉄は、地殻中で、酸素、珪素、アルミに次いで多く存在する元素だけあって。鉄器時代ともて囃されるくらい、遥か昔より、自然から引き剥がされてきました。おかげで金属にはなれたけれども、鉄にとっての、それは幸せ…?ここで鉄は進み出て言う。苦しかった!海外ロケ!昼はひりひり熱せられ、夜はひんやり冷まされた! お金の工面に苦労はするわ!人とも上手くいかへんわ!まるで焼き入れ刀鍛冶!何度も叩かれ延ばされた!それでも砕けなかった、ねばり気のある、苦痛に身を晒す鉄は、もはや鋼。九份!アメリカ!青海の!広大で雄美な野性は逞しくて!海と山!大地と砂漠!空と星!葉と湖!月と太陽!過去と未来!そういったものにわたしはなりたい!(拍手)。美しく過酷な自然を走る鋼は、それだけで胸を打つような絶景だよね。あれれ、おかしいね。しれっと鉄を鋼にすり替えたけれども。炭素を多く含む銑鉄は、酸素を吹き込まないと鋼になりません。うーん、ケヴィンがもはや鋼であるのは疑いようもないし。じゃあ明かすべきは、吹き込まれた酸素の正体だね。きっとそれは、師弟、親子、兄弟、友達、任意の二人の間にあって。特に、鉄仮面の下の母性に、生身の温かさと微笑みに、気づかされるものだから。もう分かったよね、映画をみた君は、丁寧に描かれていたものだから。涙で錆びないよう、気をつけなければ、いけないものだから。「愛は鉄を鋼にする」、なんてことは、ありそうじゃん。