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しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイスのdm10foreverのレビュー・感想・評価

4.4
☆ちょっぴりネタバレ含みます☆

【居場所】

軒先に置かれたベンチ型のブランコに腰掛ける男女。
「俺を捨てるな」
「何で捨てるの?」
この会話にこの二人の関係性が凝縮されていた。
ここだけ切り取っても決して伝わらないが、この二人の「不器用だけど真っ直ぐな愛」が凝縮された会話だった。

生まれつき両手足に障害を持つモード・ルイス。
彼女は不自由な体のこともあって、叔母の家で面倒をみてもらっていた。
頼りの兄のチャールズも自分の生活が立ち行かず、ついには兄弟にとっての大切な生家すら売り払ってしまう。
もともと叔母とも折り合いの悪かったモードにとっては心の拠り所すら奪われてしまった。

そんな時偶然買出しに行った雑貨屋で一人の男性を見かける。
彼はぶっきらぼうに店主にこう告げる。
「女が欲しい」
「知ってるだろ、うちにはそんなものは置いてない」
「わかってる。家政婦が欲しいんだ」
仕方なく店主は掲示板に張る求人のメモ紙を渡す。無言で掲示板にメモを張る男・・・。

彼の名はエベレット。
いかにも粗暴で、不器用で、人付き合いは不得意そうな男。
しかし、自分の「居場所」を捜していたモードには「渡りに船」のような話に聞えたのかもしれない。

かくして彼の家で住み込みの家政婦として働き始めるモードだったが、人を寄せ付けない彼の性格に戸惑いながらも決して仕事を辞めようとはしなかった。
もしかしたらモードは、粗暴な態度を取るエベレットの内面にある真っ直ぐな優しさに気が付いていたのかもしれない。
そこから二人のぎこちなくも優しい「生活」が始まる。

とにかく特筆すべきはモード役のサリー・ホーキンスとエベレット役のイーサン・ホークですね。
本当に凄かった。
サリー・ホーキンスは、もし「シェイプオブウォーター」の公開時期が違っていたらもっとこの作品で脚光を浴びていたのではないだろうか。
ひとつひとつの動作、台詞、表情とどれをとっても自然で、それは役を演じているのではなく、本人がそこにいるのではないかと思えるくらいだった。
またイーサン・ホークも一昔前の「色男キャラ」からいい感じで脱皮できたのかなと思える素晴らしい演技だった。
粗暴、不器用、無愛想とコミュ障の三大要件を軽々とクリアしておきながらも、内面にはとてつもなく大きな愛の心を持っているという難しい役どころを完璧に演じていた。

この二人じゃなかったら、僕の隣で観ていたおばさんも号泣しなかったかもね(笑)

あと映像が素敵なんです。
「素晴らしい」という言葉よりも「素敵」という表現のほうが今はしっくりくる。
特に風景、景色がどこを切り取ってもまるで絵葉書を見ているかのような美しいロケーションなんです。
そして音楽も必要最小限度に留め、優しいギターの音色が穏やかに流れます。

ただね・・・。
それだけじゃないいんです。外見はとても「優しい」「穏やか」な映画ですが、実は内部に近づけば近づくほど「情熱的」で「激しい」側面を持つ映画でもあるんです。

お互い生まれも育ちも違う人間が、自分にとって欠けている「ピース」を埋めてくれる人がきっと居るはずって思ったとして、もしかしたらこの人って言う人にあったとしても、実際は最初からしっくり溝を埋めてくれる人なんて実はそういないんです。
実は「自分の溝、隙間を埋めて欲しい」から傍にいるんじゃなくて、「その人の溝を埋めてあげたいから」傍にいるんです。だからこそわからない事があって、ぶつかって、壊れるものは壊れて・・・

そうやってちょっとずつ相手の欠けているところを埋めていけるんです。
そして実は相手も同じ作業をこちらにしていて・・・。

やがてモードの画の才能は全米の知ると事となり、やがてはマスコミの取材も受けるようになります。
その頃から夫婦の間に吹く隙間風。

今まで常に二人で向き合ってバランスを取りながらいろんな事を乗り越えてきたのに、一気にモードが「スター」のような扱いになり、エベレットは彼女の横でブツブツ文句を言う亭主のように映っている・・・。
ついには「もううんざりだ!出て行け!」と。

でもモードは何も変わらない。
どんなに絵が売れても、どんなにスター扱いされても、どんなにお金をもらっても、ここでエベレットと暮らして画を書くことが唯一の幸せ。

ひとり家に帰ったエベレットは気がついたんですね。
チヤホヤするまわりがどうのこうのと気にしていたのは自分の方で、実は二人の本質は何も変わっていないんだよという事に・・・。

そしてこのレビューの冒頭の会話へと繋がります。

なんかね・・・良いんです。
沢山語る必要はないんです。
それまで沢山表情や行動で語ってきたから。
はぁ。胸一杯。

イーサン・ホークが演じたエベレット、憎めないですよね。
本当に愛すべきバカ野郎なんです。
大声出したり、物を投げたり「そりゃ、友達なくすぜ」って言いたくもなるけど、モードに対して徐々に変化していく様が、可愛らしいというか・・・。

「お前は直ぐに暖炉の火を消してしまう!」
「だってお昼は暑いんだもの」
「だったらドアを開けておけばいい」
「ハエが入るわ。それなら網戸をつけてちょうだい。」
「網戸は付けない!ドアを開ければいい」
「ドアは開けないわ!網戸を付けてちょうだい」
「網戸はつけない!!」
翌日、絵を描くモードの向こう側で無言で網戸を付けているエベレット・・・。

いい奴なんです~。愛すべき不器用さんですね。

本当にいい映画です。
まだ書き足りないくらい。

サリー・ホーキンスがこんなに魅力的な女優さんだとは気がつかなかった。
もう一回観たいな。
DVDも欲しいな。
歳とってからも観たいと思える作品に出会えました。
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