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女王陛下のお気に入りのtanayukiのレビュー・感想・評価

女王陛下のお気に入り(2018年製作の映画)
4.5
『Poor Things(哀れなるものたち)』を見て、調子っぱずれの不協和音と魚眼レンズが生み出す独特の世界観に興味をもち、ヨルゴス・ランティモス監督とエマ・ストーンがタッグを組んだ過去作『The Favorite(女王陛下のお気に入り)』を見てみることに。

『Poor Things』は19世紀の大英帝国の絶頂期、ヴィクトリア女王治世下のロンドンが舞台だったが、『The Favorite』の舞台はそれより100年以上前、18世紀初頭のスチュアート朝最後の君主・アン女王の治世で、権力欲にまみれた2人の女(しかも従姉妹同士)がアン女王の寵愛をめぐって、表向きは笑顔で取り繕いつつ、裏では相手を追い落とすための陰湿な争いをくり広げる、これぞまさしく「ザ・宮廷ドラマ」。嫉妬とマウント合戦と足の引っ張り合いが醜いのは世の常だが、灯りに引き寄せられる蛾のように、どうしようもなくパワーに引き寄せられる人がいるのもまた事実なわけで、ポジションが1つしかないのに、それをほしがる人が複数いれば、そこに争いが起きるのは避けられない。

ギリシャ出身のヨルゴス・ランティモス監督が大英帝国の王朝時代に興味をもった理由が気になるが、もしかしたら、ヨーロッパを揺るがしたギリシャの財政危機で、金なし、インフラなし、教育なしの国内映画産業に嫌気が差してロンドンへ居を移したという監督なりの、国民の窮乏を顧みない金持ち支配層に対する復讐心が根っこにあるのかもしれない、などと夢想する。まあ、それはおいといても、時代がかった大げさな衣装とかつら、裸の男にオレンジを投げつけてはしゃぎ、宮殿でアヒル競争に興じるなど、へんてこでブラックな貴族趣味、戦費調達のための増税も長引く戦争で増加する戦死者も、屁とも思わない王侯貴族の傲岸不遜な態度などなど、おちょくりたくなる要素がてんこもりで、皮肉の効いたブラックコメディの舞台として「時代劇」というのはアリなんだなと、あらためて感心させられる。

アン女王(オリヴィア・コールマン)は、スペイン継承戦争ではオーストリア・ハプスブルク家につき、フランス、スペイン連合軍と戦った。女王のおさななじみサラ(レイチェル・ワイズ)の夫マールバラ伯ジョン・チャーチル(ちらっとしか映らないがマイクロフトだったよねw)はこの戦争の立役者で、その功績により公爵となり、恩賞としてオックスフォードシャーの領地を授与され、邸宅の建築費も国が拠出すると決定された。映画の冒頭に登場する建築模型がそれであり、マールバラ公の死後完成したブレナム宮殿は、イングランド最大のカントリーハウスといわれているらしい。ちなみに、ジョン・チャーチルの名前から連想されるように、このブレナム宮殿は現在もマールバラ公爵スペンサー=チャーチル家所有の宮殿であり、のちの英国首相ウィンストン・(スペンサー=)チャーチルもこの宮殿で生まれている。

戦争の英雄マールバラ公は、当然のように戦争の継続を主張し、夫人のサラも戦争継続を訴えるホイッグ党と大蔵卿ゴドルフィン(マールバラ公の友人)に肩入れするが、徐々に和平に傾きつつあったアン女王は、サラに代わって没落貴族で女官のアビゲイル(エマ・ストーン)を、ゴドルフィンに代わって和平推進派のトーリー党党首ロバート・ハーレー(ニコラス・ホルト)を取り立てた。アビゲイルの罠にハマって宮殿を追放されたサラとともに、戦費横領の咎で国外を転々とすることになった主戦論者マールバラ公の失脚で和平への機運が高まり、1713年にユトレヒト条約が締結され、戦争は集結する。翌1714年にアン女王が死亡すると、マールバラ公は帰国するが、女王からもらったオックスフォードシャーの領地に引き籠もり、宮殿建設にいそしんだという。

ブランデーの飲み過ぎででっぷりと肥え太り、Brandy Nan(ブランデーおばちゃん)とも称されたアン女王は、しかし、17人もの子宝に恵まれながら、ただの1人も成人しなかったという悲劇の人でもあった。

「夫婦仲はよく、毎年のように妊娠したが(合計17回)、双子を含め6回の流産、6回の死産を経験した。1685年に産まれたメアリー、1686年に産まれたアン・ソフィアは2年も経たないうちに天然痘で命を落としている。1689年7月、ハンプトン・コート宮殿でグロスター公ウィリアムを出産したが、ウィリアムも生来の水頭症がたたり、11歳の時に猩紅熱で命を落とすことになった。1690年に産まれた女児、1692年に産まれた男児もそれぞれ生後数時間で死亡している。不幸な出産の原因は、抗リン脂質抗体症候群(APS)を患っていたためとされている。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3_(%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B9%E5%A5%B3%E7%8E%8B)

劇中で、亡くなった子どもたちの代わりに17匹のうさぎを愛でるアン女王の描写が出てくるが、サラの追放に成功し、権力を手中に収めたかに見えたアビゲイルがそのうさぎをひそかに踏みつけているのを聞きつけた女王は、立ったまま彼女に足を揉むように命じ、その頭を押さえつけた。アビゲイルがサラとの戦いに勝利したといっても、所詮は女王のてのひらで泳がされていた鯉にすぎない。私のひと声でおまえの地位なんてどうにでもなるのよ、という絶対君主の究極のマウントに身が縮む思いがする。だが、その絶対権力者も、子どもがみんな亡くなってしまったために、王位を継承することはかなわなかった。アンの死後、スチュアート朝は断絶し、遠縁にあたるドイツのハノーヴァー家によるハノーヴァー朝が成立する。

△2024/02/04 ネトフリ鑑賞。スコア4.5
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