Kuuta

テリー・ギリアムのドン・キホーテのKuutaのレビュー・感想・評価

3.6
作品単体としては予想を超えてこない大人しい出来だったが、テリー・ギリアムユニバース完結編としては作品の内外含めてめちゃくちゃ楽しんだ。

脳内の狂気=イマジネーションを貫いてクソみたいな現実を壊せ、というのが彼の一貫したテーマだと思う。得意のメタな構成も、そのテーマも、全ての根幹にあるのが「ドン・キホーテ」。彼はモチーフを変えながら、ドン・キホーテの精神を描き続けてきた監督だ。

順調にキャリアを重ねたギリアムだが、今作の映像化には苦しめられてきた。数年おきに失敗がニュースで報じられ、その度に「またやってるよ」と嘲笑が向けられる。そんな光景が風物詩となってきた。それは悲劇であり、喜劇でもある。風車に挑むような馬鹿げた挑戦を続けた結果、彼自身が老いた狂人になってしまったように見える。

今作の主人公トビー(アダム・ドライバー)は、今のギリアムそのものだ。若い頃はドン・キホーテの精神を持っていたが、現実に迎合して堕落している。タイトルの「ドン・キホーテを殺した男」は、ギリアム自身を指している。好き勝手な行動、スタッフやキャストへの物言い、金の事しか頭にないプロデューサーへの苛立ち。全てがドン・キホーテ映像化の過程で苦しみ、悩んできたギリアムの姿と言える。
トビー=ギリアムの過去の映画が、周囲の人を狂わせた物として批判的に描かれているのも面白い。

トビーの対比として、ギリアムの作家としての純粋性はハビエル(ジョナサン・プライス)が背負わされている。映画製作上の心の分裂を、現実と妄想を交えて語っていく。俺対俺。「野いちご」とか「8 1/2」とかそれ系のやつ。

ハビエルの演じるドン・キホーテは原作同様に衰え、現実を受け入れ始める。失われていく理想を前に、トビーはどんな行動を取るのか…というお話。

最後の舞台となる城に入って以降、トビーの葛藤が明確になってきて面白い。自分が自分を苦しめてしまうパターンのアクションが繰り返される。狂気から覚めたはずのハビエルがクライマックスで取った行動に胸が熱くなったし、アダムドライバーの表情の演技も素晴らしい。

一方、城に着くまでの珍道中はかなりまったりしている。ドン・キホーテネタ&過去作パロディを削って90分くらいにまとめていれば、もっと見易くなったのは間違いない(一回靴を落とすのはライフ・オブ・ブライアン?とか、スペイン宗教裁判とか、小ネタはキリがない)。

とはいえまぁ、やっと夢のドンキホーテが撮れる、というギリアムの喜びが理解できるのも事実…。あんまり面白くないけど、好きにやらせてあげようよという気持ちで観ていた。

彼の代表作「未来世紀ブラジル」では、姫を救おうとするドン・キホーテが管理社会に立ち向かうが、その狂人の最後はひたすらに孤独なものだった。

集大成としての今作では、そこにちゃんと新たなオチが付く。ラストの絵面はスターウォーズだ(私の脳内ではBinary Sunsetが再生されていた)。馬鹿げたマスクを捨てたジェダイの覚醒、魂の継承。こうしてギリアムの狂気は続く。ベタだけど良かった。

この展開含め、何度も書くが予想は超えてくれない作品だ。何ならエンドロールの「In memory of...」で献辞を捧げられる名前まで予想通りだった。

でもこのあまりに妥当な、全てが収まるべき所に収まる感じも、最後だし良いのかなと。ドン・キホーテ役の人選で苦しみ続けた結果、未来世紀ブラジルの主演のジョナサン・プライスが妙齢になってきてこの役にハマったというのも、上手いことユニバースの輪が閉じた感じ。

なので「とにかくお疲れ様でした」と言いたい気持ちは山々なのだが、御大は今作のプロモーションで差別発言をばら撒いて炎上。執念の労作に見事に泥を塗っている。支離滅裂な受け答えも報じられており、本当に狂人になってどうすると、笑えないツッコミを入れざるを得ない。どこまでメタな話を続けるんだこの人は。73点。
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