Cisaraghi

スリー・ビルボードのCisaraghiのレビュー・感想・評価

スリー・ビルボード(2017年製作の映画)
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原題は、ミズーリはエビングの町外れの三つの立て看板、といったところか。

架空の町エビングは、ミズーリ州南西部オザーク高原に位置しているという設定だと思われるが、撮影はミズーリではなく、ノース・カロライナ州で行われているらしい。町のすぐ後ろにずっと見えていた山はアパラチア山脈の一部、グレートスモーキー山脈の山だろう。新緑に被われたなだらかで低い里山のような山(多分落葉温帯原生林?)だし、緑が多い田舎町なので、アメリカ映画には珍しく日本の風景に似ていて、アメリカにもこんな場所があるんだなー、と意外だった。緑の豊かさはアジアのような降水量の多さを示しているのだろう。

一見いいところに思えるけれど、山がちなアパラチア地方やオザーク高原地方は、従来豊かなアメリカの近代化と経済発展から取り残された貧しい白人が多く住む地域らしい。山というのは資源もなければ経済活動にとってはただの邪魔なのかもしれない。映画に描かれているように、彼等は暴力的で差別的でアンチリベラルな傾向にあるようだ。いわゆる強固なトランプ支持層の白人たちだ。

キャメロン・クロウ監督のAlmost Famous での強くて愛情深いお母さん役の印象が強いフランシス・マクドーマンド、ここではさらにバージョンアップし、決して誰にも弱味を見せないめちゃ強くてしかもバイオレントな母だ。カッコいい。しかし、こちらの母はどうしようもなく辛い。

ディクソン、署長、レッド、ディクソンの母ちゃん、ジェームズ(いい声)など役者が揃っているが、何といっても山を背景にした草原の中のスリービルボートの視覚的インパクトと、そのアイディアを生かしきった脚本のオリジナリティーの高さが秀逸だと思う。最初から最後まで緊張させられた。

しかし、映画に対する最大の賛辞は「脚本がよく出来ている」ではないのは確かで、理が勝っている映画だと感じたのだと思う。人物を動かしている脚本家の手が見えるというか。言葉に依拠している部分が大きかっただけに、また監督・脚本が英国人だけに、その言葉がこの映画の設定の中で違和感はないのかというのも気になる。所詮外国人の私には知る由もないけれど。
 
そして、誰も彼も悉く行動や言動が極端過ぎて、これがリアルなアメリカの一地方の姿を描いているのだとしたら、アジア人だからというのは置いても、とてもこんな所に住めるもんじゃないなと正直思う。広告屋のお兄さんはわりと普通。
 ミルドレッドの暴力的な行動は、サイテーなヤツにこんな風にやり返せたらさぞ気持ちいいだろうな、という部分でヒロイックに感じるのだろうけど、アレはさすがに無茶。

また、署長の報告はどこまで信用できるのか、彼らはどこまでそれを信じているのかがわからなかった。アメリカ人であれば察しがつく裏が何かあるのだろうか?読みすぎ?
 他にも神父とか警察の在り方とか、アメリカ人なら難なくもっと深い意味を読み取れるところがあるのではないかという気がした。

などなど、見た後もあーでもないこーでもないといろいろ考えさせられる映画だった。

曲に歌詞のテロップを入れた方がいいんじゃないかと思えるところがあったが、どうなんだろう。