めしいらず

リズと青い鳥のめしいらずのレビュー・感想・評価

リズと青い鳥(2018年製作の映画)
4.1
台詞やナレーションで説明的に物語を推し進めていくのでなく画によって人間をじっくり見せていくような、どんな話を語るのかでなくて話をどのように語るかに注力したタイプの映画だろう。身体に表れる反応だとか、一人の時の素の所作だとか、また別の何かに仮託するだとか、それらの省略や抑制した描写によって、登場人物がどんな人であり、今どんな心情なのだろうかと鑑賞者に想像を促すあまりに慎ましく静かな演出。上質な映画を観た気持ちにさせてくれる。スピンオフ作品ながら本編を超える出来栄えだったと思う。思わず4日続けて鑑賞してしまった。繰り返し観ている間に登場人物の一人ひとりに思い入れが深まり、一人間としてより好きになっていく。ここでは女性性を強調して見せるありがちな男性目線的アニメ演出が抑制されており、自然と実写映画と変わらぬ感覚で観ていた。監督が「聲の形」の山田尚子であると後から知ってどうりでと腑に落ちた。冒頭の登校から音楽室への場面で示唆される主人公二人の関係性。足音に耳を澄ませる繊細そうなオーボエ奏者のみぞれと、彼女を従えスタスタと前を歩いていくフルート奏者の希美。自分のペースで前を歩いていく希美に主体があり、彼女の後ろでみぞれの足取りは覚束なげだ。希美の意識的な思わせぶりと、いちいちドギマギするみぞれ。二人が掛け合いのソロパートを担うコンクール課題曲の原作(とされる)童話「リズと青い鳥」。物語の主人公リズと青い鳥に二人は自分たちの関係性をなぞらえる。一人ぼっちで暮らすリズがみぞれであり、彼女を癒す為にやって来た青い鳥が希美だと。いつでも人の輪の中にいる希美と、他人から距離を置き大抵一人のみぞれは一見するとそうであるよう。希美の姿をみぞれはいつも目で探しているし、希美は彼女の視線が自分に向いているのを意識して見える。希美にだけ見せるみぞれの笑顔はなぜか困っているよう。自意識が強い希美はみぞれを振り回し、そんな彼女にみぞれは遠慮がち。そんな平生からの二人の関係性が彼女らの演奏にもしっかり反映されてしまう必然。仲が良さそうな二人の関係の実際は、彼女らが認めずともそうではないようである。同学年の部長優子と副部長夏紀はよく知るからこそ二人を危惧し、演奏によって部員たちにも伝わってしまっていて、二人だけが気づいていない。合わせようとしない希美にみぞれの方が無意識に遠慮して演奏が窮屈になり、その結果ソロパートがチグハグなのだ。一方で同じオーボエ奏者の後輩梨々花と少しずつ打ち解け変化を見せ始めるみぞれの様子に希美は不安を覗かせる。二人によるソロパートの時とは対照的に、オーボエ奏者同士が奏でたそれの息の合った響きが希美の耳を打つ。ソロに悩むみぞれに指導員新山が投げた問いかけに彼女はハッとする。やがて二人は気づく。依存していたのはみぞれではなく希美だった。相手を鳥籠に閉じ込めて置きたかったリズこそ希美であり、羽を持った青い鳥はみぞれの方だった。リズの気持ちを汲み取りあぐねた彼女も青い鳥の側からならすんなり納得できた。相手を意識的に振り回すことで希美は自分に意識を引きつけていた。それは希美が二人の力量の差を本当は理解しているからだ。また以前の希美の退部劇がみぞれの中に残したしこり。そして少しずつ二人の関係性が歪なものに変わっていた。そのことを二人はついに理解した。相手を尊重するなら私たちは別々に飛ばなければならない。みぞれはオーボエでなら自由闊達に歌えるし、行きたい方に羽ばたいて行けるのだ。そうなるのを抑制していた希美は、みぞれの吹っ切れたソロ演奏に打ちのめされる。二人がゆくべき道が違うこと、自分が邪魔していることをちゃんと理解する。彼女は一人離れて静かにそれを受け入れる。みぞれに初めて声を掛けた時の彼女の震えを思い返す。希美は本来人の痛みに寄り添える人物なのだ。いま二人の前には別の生きる道が続いている。近づいたり離れたりしながら飛ぶ二羽の鳥が、ずっと重ならないでいた二人の関係性を悲しく象徴するよう。リズと青い鳥は一人間に矛盾なくある表と裏だろう(演者が同一である)。冒頭とは逆さまに希美の前を歩き始めるみぞれ。やがて並び、再び後ろへと。ハッピーアイスクリーム。”disjoint”から”dis”を消した二人のラストカット。みぞれを不意打ちで驚かせた希美の言葉は何だっただろうか。
これは一度きりでは汲み取れない類いの、何度も繰り返し見て理解が深まりどんどん好きになっていく類いの映画だと思う。ただこの見事な映画で唯一残念と思ってしまうのは、童話パートが主人公二人の関係性の寓意としてしか機能していないように(私には)見えてしまう点。その割にしっかり尺があるのも煩わしい。童話だとするにはあまりに薄味。また独り住まいなだけで最初からリズが孤独には見えないから、童話に主人公二人が自分たちを重ねて見ていることに少し違和感がある。
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