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リズと青い鳥のKKMXのレビュー・感想・評価

リズと青い鳥(2018年製作の映画)
4.8
 驚異的な完成度を誇る映画でした。屈指の名作だと思います。

 本作の演出は圧倒的に高度で、凄みすら感じました。主人公である希美・みぞれという2人の吹奏楽部に所属する女子高生の心境を、セリフに頼らずに後ずさる足、握りしめる手、髪を触れる癖、一瞬の不協和音などを用いて繊細極まりないタッチで描き切っております。それでいながら劇中劇にて「手放す」というテーマもわかりやく提示しています。このように本作は静謐な作風で地味ながらもポップかつ他の追随を許さない仕上がり具合となっております。
 本作鑑賞後、胸の奥底が激しく震え、なかなか立ち上がることができませんでした。


 オーボエ担当の鎧塚みぞれはフルート担当の傘木希美にベッタリと依存しています。その姿は母親にしがみつく幼子のよう。みぞれはひとりで立つことができず、自らの翼に気づいていません。というか、希美と一体になりすぎていて、ひとりの独立した人間であることにすら気づいていない様子です。

 希美はみぞれに愛されていることをよくわかっていて、無意識的にみぞれを支配しているように見えます。2人の関係において、イニシアチブを握るのは常に希美であり、希美の望む距離で付き合っています。まるで子どもを自分の望むように動かす母親のように思えます。
 みぞれは離れたくないし、希美は離したくない。まるで共依存の繭の中にこもっているようです。

 しかし、そんな歪な関係に楔を打つが如く侵入してきた「リズと青い鳥」という楽曲及び物語。
 リズが愛ゆえに青い鳥を鳥かごから放つ話は、2人の関係を大きく揺さぶります。2人のソロがこの物語のクライマックスを表現するので、2人はこの物語から逃れられない。自分たちの問題に向かい合うしかないのです。


 本作のテーマは、執着を手放すことによる成長だと思われますが、逆かもしれないです。現実と向かい合う痛みにのたうち、でも向かい合うことで成長し、リズのように青い鳥を手放せるようになるのかな、なんて感じました。
 そして、本作はこの成長痛をごまかすことなく、直球に残酷に、すなわちリアルに描いています。この誠実さが本作に映画としての強度を与えていると思います。説得力がハンパない。
 特に、希美の痛みはかなり迫ってきました。彼女の場合、執着していた理想が打ち砕かれ、しかも自分の中に渦巻く持たざる者のドス黒い感情と対決しなければなりませんでした。下手すればダークサイドに落ちたところですが、よく闘い抜いたな、と思います。

 希美がリズで、みぞれが青い鳥という解釈は解りやすいですが(演出的にもみぞれのシーンでは鳥が飛んでいて、希美の時は飛んでいないか飛んでいても空に視線がいかない)、その逆も真なり、だと思います。みぞれの翼は見えますが、希美はそれが見えづらいです。でも、終幕近くのシーンから、希美は新しい世界で羽ばたいていくことが示唆されます。
 また、リズと青い鳥は、ひとりの中にある物語とも言えるでしょう。希美(みぞれ)が、自分の中の青い鳥を解き放つ。それこそが執着を手放すことなのかもしれません。そういう意味で、リズと青い鳥の声優が同一人物で、子役という未成熟な存在(青い鳥を手放すことで大人になる)であることは、かなり凄い演出なのでは、と感じています。

 また、本作は希美・みぞれに焦点を当てていますが、所謂セカイ系ではないです。それがいい、閉じていない。周囲の友人や先生との関わりが、彼女たちを成長させます。特にみぞれはそれが顕著でした。
 希美しかいなかったみぞれの世界の扉を開いた後輩・梨々花(彼女のテーマ曲がアホっぽくて最高!)や、彼女の可能性を見抜き、新しい世界に導く新山先生。彼女たちと関わることで、みぞれは閉じられた世界から少しずつ外へと足を踏み出していけるようになります。
 そして、2人を見守る同級生の夏紀と優子の存在も効いていると思います。あの2人が、希美とみぞれの関係が決定的に崩れないような守りになっている印象を受けました。特に夏紀は優しくて冷静なので、2人とも無意識的に頼っているんじゃないかな、なんて想像しています。

☆☆☆☆☆☆

 ここからは余談。

 本作はアニメ及び小説『響け!ユーフォニアム』シリーズのスピンオフ作品です。なので、アニメシリーズを見ていないと楽しめないかも、という憂慮を抱きやすいと思います。しかし、響け〜シリーズの映画はどれも一見さんこそが楽しめる作りになっています。私も先行知識ゼロで前作にあたる第2期総集編を観た結果、今では立派なユーフォファンになってしまった。おそらく、映画で新規ファン獲得を目指しているのでしょう。とても誠実な姿勢だと感じています。
 本作も先行知識は不要です。むしろコアなファンだと、「あれが足りない、これが足りない…」と知識がノイズになる可能性すらあります。

 そして…このGWは話題作ラッシュなので、本作は埋もれてしまっている印象。山田尚子監督の前作「聲の形」も同時期に上映されて大ブレイクした「君の名は」の煽りを食った感もあり、なんだか不遇です。

 完成度が高く普遍的な魅力を持つ本作が、幅広い層に届くことを願ってやみません。
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