カツマ

ローマンという名の男 信念の行方のカツマのレビュー・感想・評価

3.9
人は弱く、信念を貫くことは難しい。共に目指した仲間も、実現するための資金も、彼の手元にはもういない。彼は独り。もうそれは頑固な主張でしかなかった。だが、真に失ってはならなかったのは動かしがたいその心そのものだったのではなかろうか。揺れる心と闘いながら、その不器用すぎる葛藤がいつしか新たな息吹を生んでいく。これは負けそうになりながらも、崖っぷちを踏みしめるある男の物語だ。

デンゼル・ワシントンを主演に迎え、『ナイト・クローラー』のダン・ギルロイがメガホンを取った、真実のような社会派フィクション。デンゼルがアカデミー賞にノミネートするほどの熱演を見せた本作は、日本では残念ながらソフトスルーとなり劇場公開を見送られた作品だった。それでも名優と鬼才監督のタッグで送る骨太な人間ドラマは、2時間という尺を全く長くは感じさせなかった。信念を失わない強さ。それこそが今作で描きたかった本当のテーマだったのだろう。

〜あらすじ〜

ローマン・J・イズラエル ESQ(以下ローマン)は、人権派の弁護士として長年所長でもあるウィリアムとタッグを組んで活動してきた。
そんなある日、ウィリアムが突如として病魔に倒れ、彼は事務所の仕事を一人で切り盛りしなくてはならなくなる。サヴァン症候群でもあるローマンは、驚異的な記憶力を持ち、裏方としては優秀。だが、その融通の利かない性格ゆえ、法廷に立つには向いていない人間だった。
その後もウィリアムの病状は回復せず、ついには事務所は閉鎖されることとなってしまう。その際に閉鎖に尽力した名うての弁護士ジョージは、ローマンの類いまれなる記憶力を評価し、自身の事務所へとヘッドハンティングを試みる。金のための弁護を嫌悪するローマンは、ジョージの依頼を一度は固辞するものの、希望していた人権団体からも袖にされ、結局ジョージの事務所で働くことになり・・。

〜見どころと感想〜

今作を観ていて実話ベースの話なのかと錯覚した。それほどまでに劇中のローマンは存在しているかのごとく現実感があり、彼の成し遂げた快挙の史実を調べたくなってしまった。その要因はデンゼル・ワシントンによる神業レベルの演技力にある。サヴァン症候群とは自閉症などの障害を持ちながらも、一方で突出した才能を発揮する人のこと。序盤のデンゼルは確かにサヴァン症候群のように見えたし、登場人物にリアルを持たせる、という究極の役者像を体現してくれている。

共演には昨今ヨルゴス・ランティモスの作品などで演技の幅を広げたコリン・ファレル。人権団体のマヤを演じたカルメン・イジョゴも『ファンタスティックビースト』など大作でもよく見る顔だ。それでも、それら充実の共演陣まで霞ませてしまうのがデンゼルの威光の現れ。デンゼル無双映画であり、素直に彼の魅力を楽しむ映画かと思う。

ローマンはサヴァン症候群という設定ではあるけれど、それはことさらに強調されていない。それよりも、彼の人権弁護士としての主張が少しずつ周囲へと伝播していく様が結果としてローマンを助ける、という信念の在り処にスポットライトを当てた作品となっている。もし孤独な闘いだとしても誰かの心を変えることができたなら・・それはきっと無駄な闘いではなかったのだと信じたい。

〜あとがき〜

ソフトスルーだったので日本ではあまり注目されませんでしたが、デンゼルが2年連続でオスカーにノミネートしたことで注目を浴びた作品です。
もはやデンゼルが出演するだけで映画としての格が上がる、というレベル。それほどに彼の演技は極限の高みへと向かっているように感じます。
役所広司が日本アカデミー賞を何回受賞しても納得してしまうように、名優の熱演はそれだけで映画の空気感を決定付けてしまうのですね。
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