ぬ

トム・オブ・フィンランドのぬのレビュー・感想・評価

トム・オブ・フィンランド(2017年製作の映画)
4.5
レザーでキメたマッチョな男たちや、ポルノアートがたくさん出てくる映画で、パッと見でイロモノと思われそうだけど、とても誠実で上品で、そして詩的な映画。(たとえイロモノでもそれの何が悪いとも想うけど)

監督のインタビューによると、この映画は他国ではゲイカルチャームービーや、同性愛者差別という社会問題を扱う映画として受け取られているが、本国フィンランドでは、この映画を"自分たちの"歴史の物語だと受け取っている人も多いらしい。
たしかにこの映画は、トウコ(トム・オブ・フィンランドの作者)の半生や、ゲイカルチャーの発展を描くのと同時に、フィンランドの国自体の、薄暗く抑圧された時代や、そこから徐々に解放されはじめようとしていく過程が描かれている。
トウコの人生を通して、ゲイという彼のアイデンティティの一面だけでなく、戦争中の薄暗く悲しいフィンランドや、戦後も続く抑圧された社会の雰囲気が伝わってきて、フィンランドの歴史を描いているという意見にも頷ける。

そして、数十年前まではこんなに抑圧されていた時代であったにも関わらず、時代は変わり、今作をただ「トム・オブ・フィンランドという一人のゲイポルノアーティストの伝記作品」としてのみならず、抑圧された時代から解き放たれていく「自分たちの作品」として普遍的に受け止めている人がたくさんいるのは、とても素敵なことだと思う。
現に、トム・オブ・フィンランドのイラストは今やフィンランドでとても人気で、なかなか攻めたデザインの記念切手が発売されたり、現地ではmarimekkoに負けず劣らず人気のあるファブリックブランド、フィンレイソンとコラボしたり、若者に人気のスケボーブランドとコラボしたり…
おしゃれや雑貨屋でポップな商品と並びトム・オブ・フィンランドのポストカードが売られていたり、いたるところで見かける。
時代は流れ流れて、昔は恥だと蔑まれていたトム・オブ・フィンランドのイラストレーションは、今や若者を中心に自由や解放の象徴としてクールな作品だと認識されているようだ。

実在する人物の半生を描く伝記的な映画ながら、時折挿入されるカケ(トム・オブ・フィンランド作品の代表的なキャラクター)の幻影や、ユハンヌス(夏至祭)のときの水面の描写や、カーテンを作りに行くシーンなどのメタファーがとても詩的で美しかった。

トウコが内に秘めた欲望を絵として爆発させはじめたとき、愛する人と生きる幸せを見つけたとき、絵を描くことを諦めようかと葛藤するとき、いつもカケがトウコを見つめている。
いわばカケは、自分の性的指向に向けられた世間からの偏見に苦しみ、戦争の記憶で傷付いた現実世界のトウコではなく、ゲイというアイデンティティを隠すことなく思い切り愛し、生きることを謳歌するもう一人のトウコ、こうありたいというトウコの姿なのだなと思った。
そしてその姿は、トウコだけでなく、自分のアイデンティティを祝福し愛したいという、同じ思いを抱くゲイをはじめとした、マイノリティー当事者たちにとっても、こうありたいという存在、アイコンとなってゆく。
そのカケの表情が優しげでもあり、挑発的でもあり、まさに彼の描くイラストをそのまま現実世界に現れたみたいだった。
というかカケ役の人、セリフがまったくなくてずーっと微笑んでるだけなのだけど、めちゃめちゃ印象に残るわ…

そして特に好きなシーンは、トウコと恋人がカーテンを作りに行くシーンで、カーテンを仕立ててくれる女性が「カーテンにリングをつける?このリングでいい?」と聞くと、二人は見つめ合って「Tahdon(はい)」と答える。
日本語で訳すとただ「はい」となるのだが、フィンランド語の「Tahdon(タハドン)」という言葉は、フィンランドでパートナー同士が愛の誓いを立てるときに使われる言葉、日本で言うところの「愛を誓いますか?」という問いへ対する「はい、誓います」という答えにあたる言葉でもある。(ヘルシンキのプライドパレードのシーズンにもSNSなどで#tahdonというハッシュタグが使われているのをよく見かけた。)
これから二人の居場所となる、ともに生活を営む家に飾るカーテンを選び、手を握り、見つめ合い、リングを選んで微笑んで、「Tahdon」と答える。
ヘテロではないというだけで時に暴力に晒され、人目を気にして生きなければいけなかった二人が、誇らしく自分たちの愛を誓うシーンのように思えて、とても美しく大好きなシーン。

HIVウイルスの流行により、マイノリティに比較的寛容であったアメリカですら、ゲイへの差別がひどくなり、トム・オブ・フィンランドとしてのアート活動を続けられるかどうか、という場面もとてもよかった。
あのコンドームのイラスト、やることが粋すぎてかっこいいなぁ…
自分のセクシュアリティやジェンダーへの世間からの視線に疲弊しているマイノリティーたちの心に、豊かさや喜びの明かりを灯すため、優しく力強く微笑み、アイデンティティを祝福し、愛し、人生を謳歌するゲイたちのイラストを描くことを貫いたトウコがとてもかっこいい。

トム・オブ・フィンランドのイラストは、とにかくポジティブな印象を与えてくれる。
自信に溢れたキャラクターたちの表情は、たとえ世間が勝手に決めた普通の線引きから爪弾きにされても、そのままの自分で生きること、生きることを楽しむことを肯定してくれているようだ。
なんといってもイラストとして曲線とグラデーションがとても美しい。

興味がある方は、本作公開までの配給会社の方の奮闘も是非読んでほしい。
このような信念のある配給会社の方が携わり日本でも公開されたのは本当にありがたい!
▼「同性愛への抑圧と闘った姿描く映画「トム・オブ・フィンランド」 配給会社がこだわった「修正なしでの公開」」
https://mainichi.jp/articles/20190730/k00/00m/040/129000c

↑の記事にも、頷きっぱなしのコメントを寄せていらっしゃる、日本で初めて公式にトム・オブ・フィンランドを紹介された田亀源五郎さんがパンフレットに寄せた文書がまた、大変感慨深かった…

ということで、長くなりましたが、とても魅力の詰まった作品だった!
またディスクなり配信なりで観ようと思う。
ぬ