えむえすぷらす

芳華-Youth-のえむえすぷらすのレビュー・感想・評価

芳華-Youth-(2017年製作の映画)
4.8
芸能部隊内での対人関係の掘り下げは「リズと青い鳥」など見てとことん煮詰めたような精緻な関係描写を知ってると物足りない。俳優陣はいいけど演出が弱い。これは追記で詳細を触れるが理由はある。

文化大革命での成分主義で翻弄されている息子、娘たち。その中で損得関係に堕ちたくない男性主人公、父親が思想改造所送りにされその事を隠しつつ母親の再婚相手の継父らとの不和を抱えてやってきた女性主人公それぞれの物語が毛沢東の死去、文化大革命の終焉、中越戦争と重なっていく。
個人の物語より歴史上の出来事に翻弄されるし、時に二人を見つめる第三者の女性同僚の解釈も入る。主人公の選択が他の人の言葉などで説明されがちでそれぞれの思いをあまり掘り下げてくれないし話が飛躍して語られる。例えば政治委員が既に踊りから外れていた女性主人公に無理やり演技させる。その次の瞬間、懲罰とも本人希望とも見える転属が命じられる一方で語り手は彼女こそ希望した可能性があるような見解を触れてくる。

そこはどうだったのか?そこをもっと見せて欲しいというシーンが多く残った。実際楽団演奏シーンは印象が強いが舞踊班は通して演じるシーンがほぼない。時代に翻弄される二人を追うという組み立てと部隊の日々の描き方のバランスにはちょっと物足りなさを感じた。あの二人が主人公という語り、その語り手の存在は本作では余計な仕掛けだったのではないかと思った。

「芳華」原作小説を書かれた人は「妻への家路」の原作小説を書かれた人でもある。「妻への家路」は思想改造所から生きて帰ってきた夫が妻の元にたどり着いた時、妻は夫が帰って来てないと言い続ける状態になっていた。夫が囚われた後に何かあって彼女の精神は戻って来れなくなっていた。そういう物語である。「芳華」での文化大革命描写は「妻への家路」での傷跡の描写に比べると後退した所があるように感じる。中国における保守政治思想は毛沢東時代に戻る事。そういうバックラッシュの影響を受けているのではと感じてしまう。

という訳でもっと部隊内の出来事をえぐって見せて欲しかった。文革との関わりがあるせいで国との兼ね合いがあったのかもしれない。そういう方向に掘りそうで掘らない作品だった。終盤の年を経てのそれぞれの人生の姿。そして語り手のナレーションは良かった。ただあの感慨を抱くには若き日の彼らの時代に翻弄された姿はもっといけたはずという残念さを惜しむ。

追記。何故主人公二人を軸とした人と人の関係性の物語とならなかったのか。
 それは本作が主人公二人それぞれの人生が歴史的事件で大きく変わってしまった事を表す映画だったからではないか。中越戦争は天安門事件の代わりに描かれたエピソードなんだと思う。天安門事件は中国内での映画制作ではまず触れられない問題である。中越戦争はそういう政治的監視はされていない。歴史的にも忘れ去られた戦争だが共産主義国同士が国境紛争で武力行使に及んだという味方同士相討つ関係性からして天安門事件と構図は似ている。
 戦闘シーンは手に汗握る戦いの行方が見える描写にはされていない。背の高い草原で敵の見えない中で砲撃を受け味方が倒れていく。主人公の不屈さは意味をなさない中で押し返す事に成功。主人公は後送を拒み片腕を失う。
 前線に近い駅に設けられた野戦病院も修羅場だった。そこで看護師になったもう一人の女性の主人公は悲惨な戦傷者の看護を続け、そこにも戦火が及んだ時に心が折れた。
 戦後の登場人物たちの姿は人民服ば多かった時代から抜け出して資本主義的拝金主義が強まった情景を見せている。そして主人公二人はそういう時代についていく事はしない。出来なかったのだと思う。そういう人は天安門の後の急激な時代の変化の中でもいたはずだし、重なっても見えたと思う。