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家へ帰ろうのdm10foreverのレビュー・感想・評価

家へ帰ろう(2017年製作の映画)
4.3
【我が家】

久しぶりに「映画だな~」と嬉しくなる作品。

――70年前のポーランドで、ドイツ軍による「ユダヤ人虐殺」の真っ只中を命からがら生き延びたアブラハムと、自らの危険もかえりみず彼を家に匿って介抱してくれた親友ピオトールとの遠い約束。

まず、物語の主人公「アブラハムお爺ちゃん」がいい。実にいい味を出している。
お喋りでちょっと偏屈だけど何故か憎めない。だから彼の周りには知らずと人がいる。彼の人柄に触れ、力になってあげたくなるのだ。

88歳になるアブラハムはアルゼンチンで仕立屋を営んでいた。自ら「ツーレス」と名づけて可愛がる右足は過去の怪我が原因で既に切断を余儀なくされるほどに悪化していた。そんなこともあり、彼の家族は仕立屋兼自宅の我が家を売り払ってアブラハムを老人ホームへ入れようと決めてしまう。子供たちは口々にお父さんを心配しているような言葉を言うが、本心まではわからない。
ただ一つ言えるのは「明日からは家もツーレスも失ってしまう」ということ。
自宅の整理をしている彼は一着のスーツを目にしそして決意する。

(あの時の約束を果たそう)

思い立ったアブラハムは夜中にこっそり家出をする。ここが「我が家」であるうちに自分の「足」で立ち去るのだ。彼なりのプライドとして。
「もう二度と帰ってくることもない」
そういって、鍵を締めたあとポイッとその鍵を放り投げてしまう。
行き先は“ポーランド“。しかし、彼はその単語すら口にしようとはしない。
何とか渡航の手段を確保するもポーランドまでの直行便は木曜まで待たなければならない。そんなに待てないんだ!そう言ってマドリッドから陸路(列車)でポーランドを目指す道を選ぶ。そしてこれが彼の「人生を清算する旅」の始まりでもあった。

きっと彼はアルゼンチンでの生活もそれなりに楽しんだんだと思う。子供たちや孫達にも囲まれ、何かあれば駆けつけてくれるし。仕事も昔から一途に続けてきた仕立屋のまま引退できるし、何より戦友の「ツーレス」も一緒にいてくれたし・・・。
しかし、年老いた自分に家も足も奪われて老人ホームにぶち込まれるという現実を突きつけられた時、本当に自分に残っているものとは何なのだろう・・・。
それが彼にとっては「ピオトールとの約束」であり「あの家(場所)」だったのである。

彼は道中で様々な人々と出逢う。きっかけはへんてこだけど、何故か人の心に染み込んでしまう不思議なやりとり。
家を出て直ぐ乗ったタクシーの運転手や、飛行機で「ある目的」の為にしつこく話しかけたレオナルド、そして独特の色気を放つマドリッドのホテルの女性オーナー・ゴンザレス、列車旅の道中どうしても「越えられない壁」にぶつかったアブラハムをそっと助けた歴史学者のイングリッド、そして最後に彼の背中を押してくれたワルシャワの看護師ゴーシャ・・・。

いくつもの小さな奇跡を通して、次第に彼自身が抱いていた自身の過去のトラウマとも向き合っていく。
ユダヤ人である彼にとって「あの戦争」はまだ終わっていなかったのだ。
「ポーランド」「ドイツ」という国の名前だけは絶対に口にしたくないから、人に伝える時は「メモ」で伝える。冗談みたいだけど本人は至って真面目。
ヨーロッパに着いてからの彼は徐々に自分がそのトラウマの核心に近づいていっていることに気がついていた。
「ドイツ」は彼にとっては未だに「ナチス」であり、彼らが受け続けたいわれのない暴力は、まるで昨日のことのように彼を苦しめ続けていたのだ。
列車での道中、彼は徐々に近づく故郷と、その前にどうしても通らなければならない「ドイツ」の存在に苦悩する。
しかし、ドイツ人歴史学者のイングリッドとの交流から「悪い人間ばかりでもない」そして「時代は変わった」ということを悟る。
でもやっぱり、心の奥底に横たわり続けるトラウマは容赦なく彼を揺さぶり続け、彼はついに倒れてしまう。きっと彼にとってあの列車は「今」と「昔」を繋ぐ、まるで「銀河鉄道」のような不思議な空間だったのかもしれない。

そしてやっとの思いで辿り着く街並みと「あの家」。

「会えても、会えなくても怖い・・・。」

それは偽らざる本音だと思う。70年の重みがずっしりと来るラストには目頭が熱くなりました。
彼にとっての帰る家・・・・それは心で繋がっていた場所。個人的には単純だけど邦題がしっくり来たな~と感心してました。
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