亘

バーニング 劇場版の亘のレビュー・感想・評価

バーニング 劇場版(2018年製作の映画)
4.9
【great hunger(人生に飢えた者)】
アルバイトを転々としているジョンスは、仕事中に幼馴染のヘミと再会する。彼女もまた定職についていなかった。距離の近づく2人だったがある日謎の男ベンが現れる。彼はビニールハウスを焼く趣味を持っていた。

村上春樹の短編『納屋を焼く』が原作の作品。どこか現実離れした村上春樹の世界観を再現しつつ、若者の格差というシリアスな韓国の社会問題を組み込んでいる点が秀逸。また文庫本30ページの原作を150分にふくらます上で「空井戸」や「何度もかかる無言電話」、「猫の失踪」など原作以外の村上春樹作品に出てくる要素が出てくる。そういう点で村上春樹作品への造詣も感じられる。

[グレートハンガー、経済格差]
今作でまず重要なのは、ヘミが話す「グレートハンガー」と韓国の抱える経済格差だろう。「グレートハンガー」は、アフリカのサン族の踊りに由来する。小さな身振り"little hunger:ただ単に空腹の者の踊り"から"great hunger:人生に飢えた者"の踊りへと変わる。グレートハンガーは、人生に飢え人生の意味や目的を探し回っている。

これはまさにヘミとジョンスなのだ。彼らは定職に就かずアルバイトで食いつないでいる。一方テレビニュースでは韓国内の経済格差が取りざたされ、ベンのように遊んで暮らす"ギャツビー"のような金持ちの若者がいる。
貧困層のジョンスとヘミにとって"人生"とは、実感はないけどそこにあるとして過ごしていくしかない、例えば作中のパントマイムや無言電話や空井戸、猫のボイルのように存在自体が不確かなものなのだ。ヘミはパントマイムの説明で「存在しないことを忘れる」と話す。自分たちの"人生"自体存在しないかもしれないけど、それを忘れて過ごすということなのかもしれない。

ヘミは一見明るく奔放で人生を楽しもうとしているように見えるけど、一方で「死ぬのはすごく怖いし、でも最初からいなかったみたいに消えたい」と話す。彼女がクラブではしゃぐのも、明るく振舞うのも、夕日に向かってダンスするのも、人生の実感を得るためだったのだろう。

[ビニールハウス]
ビニールハウスも重要なポイント。ベンは時々"役に立たずで汚くて目障りな"ビニールハウスを燃やし、存在自体なかったかのように消す。それも役立たずかは彼が判断するのではなく、ビニールハウス自身がベンに焼かれるのを待っている。役に立っていないものというのも、作中の空井戸や聞いているのかわからない北朝鮮への放送につながると思う。

このビニールハウスは、女性のメタファーでありヘミも"役立たずなビニールハウス"にあたるのだろう。そう考えると"役立たずなビニールハウス"というのは人生に飢えた、消えてなくなりたい女性である。ベンは人生に飢えた女性を食い物にする男なのだ。実際に彼は常に若い女性と一緒にいるが、例えば集まりでは女性が話している場面でつまらなそうにあくびをしている。一方で女性はイケメンで金持ちという魅力的なベンに寄って来る。まさに"役立たずなビニールハウス"が焼かれるのを待っているのだ。

[復讐]
そしてラストシーンではジョンスがベンを車とともに燃やす。これはきっとヘミの復讐なのだろう。ベンがヘミを燃やしたから、ジョンスはベンを燃やした。この復讐シーンは原作にはなかったけど、きっと貧困層から富裕層への反撃を現しているように感じた。

印象に残ったシーン:ヘミが夕日に向かって踊るシーン。ベンが納屋を焼くことを打ち明けるシーン。

余談
本作は「ROMA」や「万引き家族」とともにオバマ前大統領の2018年のお気に入り映画15本に選ばれました。
亘