えむえすぷらす

斬、のえむえすぷらすのネタバレレビュー・内容・結末

斬、(2018年製作の映画)
4.8

このレビューはネタバレを含みます

 塚本晋也監督初の時代劇。池松壮亮、蒼井優が出演。 塚本監督も公儀にはせ参じようと剣士を集めている老浪人を演じる。

 冒頭、刀鍛冶が刀を打っているところのズームカットから始まる。これは「野火」のエピローグとのつながりを意識されたものらしい。

 幕末のある農村。若い浪人(池松壮亮)は農家の手伝いをして農家の娘(蒼井優)の弟に剣術を教えている。そんなある日、村にならず者が現れる。
 老浪人は仲間に加わる事にした若い浪人と農家の若者に江戸への出立を告げたが、翌朝若い浪人が病気で倒れてしまう。老浪人は剣士を求めてならず者の様子を見に行くが結局その場にいたならず者を斬ってしまい一人を逃してしまい思わぬ方向へ話しがずれていく。

 若い浪人は状況を見極めている。そして無駄な剣戟での犠牲者を出す事を嫌がっている。
 老浪人は人を斬る事に対して抵抗がない。だからならず者を斬った。でも取り逃したならず者を出した事で彼以外の人々に対して報復されてしまう。
 娘は恨みを晴らす事を若い浪人に求めた。きっかけは彼女の弟に剣術を教えた人物にある。そういう論理だった。若い浪人はそういうやり取りから逃れようと農家を後にしたが老浪人と娘が後を追ってきた。
そしてならず者の残党とも出会う事になる。

 娘と若い浪人とのロマンスっぽい何かなど冒頭部は分かりやすい。それが若い浪人が病で倒れた事で狂っていく事になる。自然に起きたボタンの掛け違い。偶然の為せる技が敵対関係を生み、それが更に別の敵対関係につながる。
気がついたら「野火」のような世界に観客は連れ込まれ彷徨させられている。

 力の行使が新たな力の行使を招く。復讐は復讐を招く。そしてそれを望んだ当の娘もまた力の行使を見届けようとして暴行を受けている。若い浪人も老浪人も傷を負っていて無傷な人は誰もいない。

 もともと一本の刀を見つめる若者というイメージを据えて構想された作品だと塚本監督はインタビューなどで触れている。そして冒頭で刀鍛冶、そして終盤に本来は入っているべき刀のカットが出てきてから物語が開幕している。
 この作品、若い浪人自身を刀に見立てていて老浪人がその刀に最後に刃をつけようとしているように見える。刃がつかなければそれまでの話。刃がつけば自身が倒れても悔いなしなのか。そうやって老浪人は相手を追い詰めていく。
 この二人の関係について最後に思い浮かんだのは「日々是好日」の樹木希林さんの台詞だった。「最初は形から入ればいい。後からついてくる」そんな意味のことをいわれている。若い浪人はこれを実践した。

闇の森林を彷徨う二人が何を見たのか。想像がつかない。

追記。刀のチリチリとした細やかな音が特徴的。音響製作の方のツイートでどのように音を録ったか紹介されてますが専用の音響再現用刀を作って使われたとの事。剣戟の前後、刀の抜き差しの際の繊細な音は聞き応えがあるので要注目ポイントだと思います。