きなこみるく

アルキメデスの大戦のきなこみるくのネタバレレビュー・内容・結末

アルキメデスの大戦(2019年製作の映画)
4.2

このレビューはネタバレを含みます

映画館のポイントが貯まり、1本無料で観られるということで、映画館で予告を見て気になっていたこちらを鑑賞。無料だし失敗してもいいか、と思いながら足を運んだが、その期待を大きく裏切られた。結果、観て正解、大満足。


冒頭、日本の巨大戦艦が敵国の航空機に攻撃され、沈没するシーン。
立派な砲を構え、荘厳でその姿に畏怖さえ覚えるその巨大戦艦が、集中攻撃を受け無残にも海に沈む光景には心が痛んだ。
攻撃はあまりにも一方的で、戦艦はその自慢の大砲でも敵国の航空機をまったく撃ち落とすことができない。しかも、上手く命中させても、敵国のパイロットはパラシュートで航空機から脱出し、控えていた船に救出されるのだ。その光景見て唖然とする日本兵士。終戦間近、捨て身の特攻攻撃を行った日本軍とは大きな違いだ。
このシーンの絶望感と無力感は映画の終盤、大きな意味を持つことになる。

そこから話は13年前にさかのぼる。
基本的なストーリーはいたって単純だ。
日本海軍では巨大戦艦を建造する計画が進められていた。
「巨大戦艦は戦争への一本道だ」
そう言って山本五十六(舘ひろし)は、若き天才数学者、櫂直(かいただし、菅田将暉)に巨大戦艦の予算に隠された不正を暴け、と依頼する。
幾多の障害を乗り越えながら、予算の矛盾を暴くために東奔西走する櫂。それは一重に、戦争を止めたいという「正義」のためだった。その姿にたった一人の部下、田中少尉(柄本祐)は次第に心を動かされていく。
軍人のお手本のような機械的な田中少尉が、段々と人間味を帯びていく様は見ていて気持ちがよかった。

しかし、ストーリー中盤とある違和感が襲う。田中少尉や大里造船社長(笑福亭鶴瓶)、尾崎鏡子(浜辺美波)など頼もしい味方を得る一方で、主人公に依頼した張本人、山本五十六がまったく登場しないのだ。
壁にぶつかる櫂に助け舟も出さないどころか、進捗を確認しに来たりもしない。しまいには、新型戦艦建造計画会議の日程を前倒しを阻止することもできず、櫂たちを窮地に追いやってしまう始末だ。
だが、あとから思えばこれは山本五十六は櫂とは決して「同士」ではない、ということの表れだったのだろう。山本には「空母を得て、ハワイの真珠湾を制圧し、太平洋の覇権を得る」という隠された目的があったからだ。

私たち観客は、櫂が「敗北」することを知っている。なぜなら冒頭のシーンで登場する戦艦は、まぎれもなく相手の設計案の巨大戦艦だからだ。そのせいか、どうもストーリー中盤から、主人公たちが頑張れば頑張るほど空回りしているような気がしてくる。
そしてそのちぐはぐな状況は終盤、会議の場面でより明らかになる。

会議のシーンはなかなかに面白かった。
圧倒的不利の中、ぎりぎりまで計算を続けた櫂たちが、戦艦案の予算の矛盾を指摘し、虚偽申告を相手に認めさせるまでのシーンは実に爽快だった。スラスラと黒板に数式を走らせ、正確な予算を言い当てる櫂の姿に拍手を送りたくなる。
しかしその一方で、女性関係がどうのこうのとくだらないヤジを飛ばし合う山本たち。
神聖な会議とはなんだったのか。俯いた櫂の肩からひしひしと怒りが伝わった。
「違う違う、今は戦艦の話だ!」

だが、ここに来て、黙りを決めていた戦艦の設計者である平山中将の言葉で戦況は新たな展開を見せる。
「それがなんだと言うのだ。虚偽の申告は国を守るためだった。」
この場面の平山中将の言葉の説得力はすごい。それが正しいと思わせる強さがあった。

平山中将の言葉により議論は再び戦艦建造案の決定の方向に向かった。
ここでの虚無感は凄まじい。
あれだけ骨を折った予算の再計算など、なんの意味もなかったのだ。
中盤からのちぐはぐな状況がここに来て繋がった。

しかしここで、図らずも櫂が手書きした戦艦の設計図が、平山中将の設計図の欠陥を暴くことになる。
あっさりと負けを認める平山。
「自分は設計者の風上にも置けない。戦艦案は却下してくれ。」
ここで重要なのは、平山と櫂以外は全て蚊帳の外にいることだろう。誰も2人の話にはついてこられないのだ。

後日平山中将に呼び出される櫂。
そこで平山は本当の思惑を「同士」である櫂に伝える。語られたは平山の「正義」であった。

「日本はこれからアメリカ相手に戦争をする。万に1つも勝ち目はない。だが、日本人というものは負けることを知らない民族だ。1度戦争が始まれば、最後の一人になるまで戦い続けるだろう。そうなれば我が国は破滅する。そうならないためには、日本の命運と共に駆逐される、巨大戦艦という依り代が必要なのだ。日本の象徴となるような美しく荘厳な戦艦が沈むとき、戦争を終えることができるだろう。この戦艦の名は『大和』だ。」

このシーンは本当に震えた。
てっきり平山も日本の力を盲信する1人だと思っていたため、まんまと騙されてしまった。戦争に積極的だったのは、むしろ山本五十六の方だったのだ。
平山ははるか先を見通していたのである。
それと同時に冒頭のシーンが蘇った。あの時感じた絶望感と無力感。あれこそが平山中将の狙いだったのか。

また、日本人は負けることを知らない、という言葉が印象に残った。
それは言うまでもなく、後の特攻攻撃を示唆しているのだろう。

そしてラストシーン。
あんなに軍を嫌っていたのに、櫂がまだ辞めていないことに少し驚いた。しかし、戦艦大和の使命を知った今、その運命を見届けるのが、設計に携わった者としての責任なのかもしれない。

厳かに出航する大和。
それを見つめる櫂の目には涙が浮かんでいる。

「どうして泣いておられるのですか」1人の兵士が聞いた。
「私にはあの大和がこの国そのものだと思えて仕方ないのだよ」
「そうですね。まこと日本のように美しく誇り高い戦艦ですね」

なんてちぐはぐな会話なのだろう、と鳥肌がたった。
沈むことを前提に生み出された「我が子」。
戦艦に乗る兵士たち。
それを見送る櫂の目はやり切れない哀しさに溢れていた。

この映画の見どころはやはり冒頭と最後のシーンだろう。
特に冒頭はあとで見ると「哀しさ」の種類が変わってくる。

この時代にフォーカスした映画はほとんど見ないが、十分に楽しめた。期待以上である。
満点評価でないのは、
・CGの迫力が思ったよりなかった
・たまに俳優さんの台詞の上滑り感に違和感があった
・数学を使ったシーンが期待していたほどではなかった
という点が気になったからである。
(全部素人目に見て)

しばらく時間を空けて、もう1回観にいってもいいかもしれない。また違う感想を得られるだろう。