開明獣

サンセットの開明獣のレビュー・感想・評価

サンセット(2018年製作の映画)
5.0
フォロワーさんのお一人、レイチェルさんのレビューを拝見して。三日以内に観ないと、トカイワインになると言われ、飲むのは好きだけど、飲まれるのは嫌なので、鑑賞した一作😐

トカイワインとは、ハンガリーの甘口ワインのことで、最上級のものは、ボルドーのシャトー・ディケム、ドイツのトロッケン・ベーレンアウスレーゼ(造り手とヴィンテージによる)と並んで三大デザートワインと呼ばれ、良いものは100年もの熟成に耐えうるものです。開明獣、縁あって、プダペストでそのトカイワインの最上級の50年ものをいただいたことがあるのですが、この世のものとは思えぬ別次元の味わいでした、うまうま🤤負け犬開明獣にも、ちょっとは楽しいことないとねー😌でも、この作品は、トカイワインとは真逆の、辛口というより、鉄のように冷ややかな作品でした。

ハプスプルグ家支配下にあった三都、プラハ、ウィーン、そして本作が舞台のプダペストは、どれも民族が違うゆえ、趣も違う歴史ある都市です。開明獣は、ビジネスで20世紀末に西側資本とハンガリーの合弁プロジェクトにひょんなことで携わったことがあり、プダペストは何度か訪れたことがあります。当時はNATOに参加したばかりで、街も人も素朴な感じでしたね。少し郊外を散策すると、石畳の道に石造りの簡素な家並みがあり、家の外には大蒜とパプリカが吊るされていたのが印象的でした。

ドナウ川を挟んで左岸がブタ地区、右岸がペスト地区で、昔はなんと橋がなくて、2つの街は完全に独立した街で住んでいる人たちも異なっていたそうです。ちなみに、現地の人は、ブタペシュト、と発音していました。ハンガリーが産んだマエストロ、ゲオルグ・ショルティも、Soltiと書いてショルティと読みます😊

リスト、バルトーク、コダーイと名作曲家を輩出していて、一時はウィーンと並ぶヨーロッパの中心地だった華麗なる都市プダペスト。が、本作の時代設定は、一次大戦直前、弱体化し落日のハプスプルグ家支配下の最後の頃、民族運動が中央欧州各地で勃発した不穏な時代を舞台としています。

既視感のあるスタイルは、やはり「サウルの息子」の監督でしたか。誰が観ても分かるスタイルを一作目から確立したのは果たして良いことなのか、それとも創造性の幅を狭めてしまうものなのか・・・まだ判断するには早いようです。

ハンガリーの大分を占める民族、マジャル人はウラル語系の言語のため、日本や韓国同様、苗字、名前の順で書き記します。本作の主人公、タイラー・イリスも、姓がタイラーで名がイリスなのです。

そのイリスが両親が営んでいたという帽子店を訪れるところから物語は始まります。劇中、一貫して物語の背景等に対する説明はなく、主人公の行動原理は全く明らかにされません。主人公は、非常識で無鉄砲で愚かに描かれていて、観たものが共感しないような描き方をされています。それはあたかも人間というものに対する不信を露わにしたかのようでもあります。

女性が物品のように扱われていた時代に虐げられしものが、最後には安息と再生の場を見出す物語なのか、人間の欲望の果てを厭世的に描いた作品なのか、観るものに委ねられたとはいえ、あまりの説明不足に、本作を難解というより失敗作と見る向きも多いようです。前作、「サウルの息子」は大変な評判を呼びましたが、それはアウシュビッツという誰もが知っている背景があってこそでした。しかし同じトーンを本作で通してしまったことに戸惑いを覚える人は多いことでしょう。

タイラー・イリスという、笑わない常に厳しい表情の女性を、当時の時代そのものと読み取るとしても、彼女が最後の最後に浮かべた強い決意が伺える表情をなんと解釈するのか。まことにもって、不可思議な作品と言わざるをえないという印象を持ちます。

時にレンブラントの絵画のような映像は美しく、普遍的な倫理観などの外にある世界は、ただひたすら「不穏な空気」を描いているようでした。それは今の時代にも引き続き表れてるものとして、ラーシュロ監督は警告したかったものなのでしょうか?主人公が終盤に身につける縞模様のシャツが、後の悲劇を暗示しているようで印象深いものがありました。

一貫して一切の説明を拒絶するトーンで貫かれ、何故か最後にはそれが世界を貫くルールであるようにすら感じられてきます。澱むような「不穏な空気」は、移民排斥や極右の台頭など分断が進む現代にあって、尚一層、不気味にしかし確実に私たちの社会に忍び寄り、根を張り、こびりついているものなのかもしれません。深淵に力づくで引き摺り込むようなスタイルに嫌悪感を覚えるかもしれませんが、それはそれで映像表現の一つなのかもしれません。

レイチェルさん、ありがとうございました😊
開明獣

開明獣