まるでもうこの世にはいない大切な人を思い出しているかのような映画だった。それはきっと誰かの記憶の中のモンタージュ。日々は淡々と紡がれているはずなのに、気付けば大きな波のような雄大なドラマとなっている。日常生活のスピードは緩やかで、映画のように劇的ではないけれど、積み上げてきた年月がいつしか大粒の感動へと育っていった。
ゆっくりと横滑りするカットと、多用される長回しがとても印象的な作品だ。実は撮影も監督のアルフォンソ・キュアロン自身が担当していて、彼の自伝的な映画と言われるこの作品を、かつての記憶と共に焼き付けたかったのかもしれない。記憶の奥を念写して、モノクロ写真が今目の前で動き出す。
〜あらすじ〜
舞台は1970年代のメキシコシティ。中流階級の一家で家事手伝いとして働くクレオは、4人の子供たちから愛される乳母のような存在。一家の父は研究の仕事のせいかたまにしか帰ってこないため、家の中は女子供のみ(と犬)の生活だ。
クレオは常に一家を見守ってきたが、一人の男性との付き合いから、デートを重ねるようになり、一見、その恋愛は順調なはずだったのだが・・。
一方、ある夜、久々に一家の父が帰宅。だが、彼は再び仕事のため6ヶ月間は家を空けることになり、それ以降少しずつ家族の中に暗い影が射すようになっていき・・。
〜見どころと感想〜
もはやアートにまで昇華した美しい撮影技巧は間違いなくこの映画の最大の見どころかと思う。何よりも『自然体の日常』を切り取った描写が見事で、それでいて画面上には躍動感があり、人物の細かい動きまでアドリブなのかと思うほど、完成された自然体を体感できる作品だ。
この映画には終盤にとても素敵で心を揺さぶるシーンがあります。それは2時間近くこの一家の日常を追ってきたからこそ生まれる感動。日々の積み重ねが愛情を育み、またそれが新しい日常へとバトンを回していく。1970年代当時のメキシコ情勢を暗示しつつ、そんな混沌とした時代を力強く生き切った市井のドラマがここに。
ネトフリ作品の中でも屈指の傑作かと思います。それだけにアカデミー賞にノミネートされることを切に願いたい。劇場公開作品ならば間違いなくノミネートされると思うので。