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ラストレターの背骨のレビュー・感想・評価

ラストレター(2020年製作の映画)
4.7
ほんのり甘く、せつなく、懐かしくて、苦しい…ファーストカットからその全てがまごうことなき岩井俊二の世界、でありながら歳を重ねた今だからこそ作れた集大成にして最高傑作。

この映画はこれからを生きる者、これまでの人生を振り返る者への岩井俊二からの贈り物だ。

岩井俊二監督の長編映画デビュー作である『Love Letter』同様、取り戻せない過去を乗り越え、また前に進んでいく話だが、松たか子から福山雅治、そして広瀬すずへと主人公が入れ替わっていく形へと変化させている。

ひとつの物語には、別の言い方をすればひとつの人生には、たくさんの登場人物がいて、それぞれの想いがあって、それらがよくも悪くも影響し合いながら出来上がっていく。

だからこそ豊川悦司に言わせた「一人称で書くなよ」のセリフを自ら否定しながら、岩井俊二はそれぞれの人生を一人称で語るのだ。



『ラストレター』は自分が他者に影響を与えていることを感じることで、はじめてこの世界に生きていることの証、というか感触を手に入れる物語だろう。

それは同時に自分だけでなく他の人にとっても同じだということでもある。

「過去の想い出に囚われるのは悪いことではない。むしろ人はそれなしでは生きていけない」

「生きるということは他者に記憶されること。」

これは乙女チックな幻想ではない、少なくとも岩井俊二にとってはそれがこの世界のリアルであり、摂理なのだ。 

ただ美しいだけではなく、情けなく、残酷で、逃れられない呪いのようなものとして描かれるそれらのものこそ、今の岩井俊二という作家の世界観そのものだろう。



長編デビュー25周年を振り返るかのような過去作に目配せしたキャスティングにもニヤリとさせられる。しかもここにきてキャリアベストかと思わせる豊川悦司というおまけ付きだ。

「全編にわたって森七菜が素晴らしい。」という声が多い中、自分がそれ以上に驚いたのは広瀬すずの進化だ。

少し前まで森七菜のポジションで作品を彩る役回りだったが、彼女はさらに上のステージにいた。彼女は華やかさだけではなく、作品を決定づける力をすでに有していたのだ。

気配を消していた前半から一転して覚醒する後半、『ラストレター』は完全に彼女の映画となる。

それは、それまで抑えてきた広瀬すず演じる遠野鮎美の心の声がスクリーンを覆うかのようだ。
「この物語は私の物語でもあるのですよ」と…

『ラストレター』は過去の思い出に囚われたおじさんおばさんだけでなく、遠野鮎美が救われる物語でもある。

親世代の想いが子に受け継がれ、子自身も救われる。そんな『ラストレター』という物語が持つメッセージを若干21歳の女優が体現するのだ。

彼女の作品全体を見通す力と監督の演出意図を読み取る力、他のキャストとのアンサンブル力、それらを踏まえて表現出来る演技力、広瀬すずの女優力には驚くしかない。

岩井俊二は当然のことながらそれをわかった上で、広瀬すずをキャスティングしたんだろう。

奥菜恵も、中山美穂も、蒼井優も、黒木華も…岩井俊二、なんという女優慧眼の持ち主だろうか。
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